明治時代に登場した日刊の新聞は、独自の主張をもって出来事を報道し、国民への政治思想の浸透に一役買いました。また、新聞に掲載された文芸作品は、近代文学の育成と普及にも貢献しました。文学は、時期ごとの文壇の流行に応じて題材・主張を変え、絶えず生み出されました。作家は、時に理想を、時に暗い現実を表出し続けました。

報道活動

日刊の新聞

1880~90年代、自由民権運動・条約改正などは、世論に賛否が問われました。
結果、政治評論中心の新聞 大新聞 が相次いで創刊されました。
大新聞は、政治思想を生み、また、近代文学の育成にも貢献しました。
日本最初の日本語の日刊新聞は、1871年に創刊された『 横浜毎日新聞 

『横浜毎日新聞』
江戸時代の瓦版の伝統を継ぎ、娯楽中心の新聞 小新聞 もありました。

定期刊行の雑誌

明治時代、次の雑誌が創刊され、様々な分野の紹介をおこないました。
 明六雑誌 
1874年、洋学者の啓蒙けいもう的思想団体 明六社 の機関誌
 国民之友 
1887年、徳富蘇峰とくとみそほうらの団体 民友社 の機関誌
 日本人 
1888年、三宅雪嶺みやけせつれいらの団体 政教社 の機関誌
 太陽 
1895年創刊の総合雑誌で、高山樗牛ちょぎゅうを主幹に日本主義を主張
 文学界 
 北村透谷とうこく ・島崎藤村とうそんが創刊した雑誌で、ロマン主義文学の拠点

『文学界』

文学

戯作文学と政治小説

江戸時代の洒落しゃれ本や滑稽こっけい本の伝統を継ぐ大衆文学 戯作げさく文学 と、政治思想を盛り込んだ 政治小説 が書かれました。

代表作家

 仮名垣魯文かながきろぶん 
文明開化の風俗を滑稽に描写し、代表作は『 安愚楽鍋あぐらなべ 
 矢野龍渓やのりゅうけい 
立憲改進党党員で、代表作は政治小説『 経国美談 
東海散士さんし
政治小説『佳人之かじんの奇遇』で、各国の独立運動と憂国の情を描写

『安愚楽鍋』の挿絵

写実主義文学

1880年代後半、人情や世相をあるがままに描く作風 写実 主義が流行しました。

代表作家

 坪内逍遙つぼうちしょうよう 
1885年、文学論『 小説神髄しんずい 』で写実主義を提唱
 二葉亭四迷ふたばていしめい 
 浮雲うきぐも 』を著し、話し言葉に近い文章言文一致体を先駆
尾崎紅葉こうよう
 金色夜叉こんじきやしゃ 』を著し、また、文学結社硯友社けんゆうしゃを組織
 幸田露伴ろはん 
東洋哲学を基盤に、『 五重塔ごじゅうのとう 』で理想的な人物像を具現
硯友社
他の参加者は山田美妙びみょうらで、回覧雑誌『我楽多がらくた文庫』を発刊

『小説神髄』

ロマン主義文学

日清戦争前後、合理性に対する感情の優位を強調し、空想・恋愛を重んじる作風 ロマン 主義が盛んになりました。

代表作家

 森鷗外おうがい 
軍医としても活躍し、代表作は処女作『 舞姫 
 樋口一葉 
代表作は、東京下町の女を描く『 たけくらべ 』『にごりえ』
 与謝野晶子あきこ 
詩集『 みだれ髪 』を発表、また、日露戦争中に「君死にたまふこと勿れ」を雑誌『明星』に掲載
泉鏡花
尾崎紅葉の弟子で、代表作は高野山の旅僧を描く『高野聖こうやひじり
島崎藤村
代表作は処女詩集『若菜集』で、後に自然主義に移行

森鷗外

島崎藤村

与謝野晶子

自然主義文学

日露戦争前後、フランス・ドイツの影響で、人間が隠す黒い欲望や暗い現実を、あるがままに描く作風 自然 主義が盛んになりました。

代表作家

 国木田独歩くにきだどっぽ 
ロマン主義の『 武蔵野むさしの 』が代表作で、晩年に自然主義に移行
 田山花袋かたい 
代表作は、内弟子芳子への欲情を描く『 蒲団ふとん 
 島崎藤村 
1906年刊の『 破戒はかい 』で被差別部落出身の青年教師の苦悩を描き、ロマン主義から自然主義へ移行
 石川啄木たくぼく 
代表作は、貧窮の中での生活感情を詠う歌集『一握いちあくの砂』

島崎藤村

石川啄木

反自然主義文学

明治時代末から大正期、自然主義に反発する、あるいは距離を置く立場がありました。

代表作家

 夏目漱石 
知識人の内面生活を国家・社会との関係で捉え、代表作の『吾輩わがはいは猫である』では猫に託して自身の社会観を表現
鷗外おうがい
晩年はロマン主義から離れ、歴史小説『阿部一族』などを発表

夏目漱石

森鷗外

その他

人道主義・戦地への思い

徳冨蘆花ろか
徳富蘇峰の弟で、人道主義(人間愛からの人命尊重)に立ち、1898~99年、『不如帰ほととぎす』を『国民新聞』に掲載
 与謝野晶子あきこ 
1904年、『明星』で反戦長詩「君死にたまふこと勿れ」を発表
大塚楠緒子なおこ(くすおこ)
1905年、『太陽』で戦地の夫を思う長詩「お百度詣ひゃくどもうで」を発表

徳冨蘆花

与謝野晶子

俳句・和歌

 正岡子規 
病床にありながら、俳句雑誌『ホトトギス』創刊に協力し、写生に基づく俳句の革新と万葉調和歌の復興に尽力
高浜虚子きょし
正岡子規の門人で、後に『ホトトギス』を主宰
伊藤左千夫さちお
正岡子規の門人で、『土』の作者長塚たかしらと短歌雑誌『アララギ』を創刊

正岡子規