16世紀中頃からおよそ1世紀の間、日本はポルトガルをはじめスペインなどヨーロッパの国々と交渉をもちました。この交渉を通じて、学術・思想・信仰・文化・風俗など多くの面で、ヨーロッパの影響を受けました。これら南蛮文化は、安土・桃山時代から江戸時代初期にかけての華麗な文化を形成する上で、重要な役割を果たしました。

南蛮文化

文化の背景と影響

南蛮文化の背景には、次の2つがあげられます。
実用的な学問、南蛮風の衣服・食事などをもたらし、その影響が名前として残っているものもあります。
文化自体は、江戸幕府の鎖国政策で短命に終わりました。

ポルトガル語由来の名前
*ビードロ(硝子のこと)・カステラ・金平糖

絵画

南蛮の珍しい風俗を主題とした 南蛮屛風 が、日本人の手によって描かれ、南蛮文化の様子を今日に伝えます。
南蛮から油絵や銅版画の技法がもたらされ、西洋画の影響を受けた南蛮屛風も描かれました。

南蛮屛風

南蛮屛風(右上に南蛮寺)

印刷

宣教師 ヴァリニャーニ が金属製活字かつじによる活字印刷術を伝え、活字印刷機も輸入されました。
この印刷機でローマ字によるキリスト教文学・日本語辞書・日本古典の刊行がおこなわれました。
代表的な書物には、ポルトガル語で日本語を解説する『日葡にっぽ辞書』や、イエズス会が九州天草で刊行した 天草 版『平家物語』『イソップ物語伊曽保いそほ物語)』があります。
イエズス会が刊行した書物を キリシタン 版と総称し、刊行地に基づいて細かく天草版・長崎版などと分類

活字

グーテンベルク印刷機

グーテンベルク

天草版『平家物語』