一問一答
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- オランダ人ハルマの『蘭仏辞典』を翻訳して、日本最初の蘭日辞書を作成した人は誰か。
- 稲村三伯
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- 幕末に本百姓体制の再建など農村の復興につとめ、磁器の専売など殖産興業につとめた藩主は誰か。
- 鍋島直正
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- 11代将軍として一橋家から迎えられたのは誰か。
- 徳川家斉
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- 山県大弐が1767(明和4)年に死刑に処せられた事件を何というか。
- 明和事件
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- 幕府の松前蝦夷地御用として、1798年以降、数回にわたり千島方面の探査を行った人は誰か。
- 近藤重蔵
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- 懐徳堂出身の町人学者で、唯物論・無神論を説いたのは誰か。
- 山片蟠桃
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- 9代将軍徳川家重の小姓から大名にとりたてられ、1767年、10代将軍の側用人となり、後に幕政を掌握したのは誰か。
- 田沼意次
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- 18世紀末の浮世絵師で、1年足らずの間に140枚もの個性的な役者絵と相撲絵を残したのは誰か。
- 東洲斎写楽
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- 東北各地を巡歴し、貴重な民俗資料を残した三河出身の国学者はか。
- 菅江真澄
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- 水戸藩主徳川斉昭の側用人で、尊王様夷論を説いた水戸学者は誰か。
- 藤田東湖
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- 十五夜や二十三夜など特定の月齢の日に集まり、月の出を拝む集まりを何というか。
- 月待
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- 天文方高橋景保の建議により、幕府天文台に設置された蘭書翻訳機関は何か。
- 蛮書和解御用
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- 懐徳堂出身の町人学者で、『翁の文』や『出定後語』などで、儒教・仏教を否定したのは誰か。
- 富永仲基
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- 石田梅岩の教えを何というか。
- 心学
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- 松平定信による政治改革を何とよんでいるか。
- 寛政の改革
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- 洒落本の短編小説の代表的作家で、風俗を乱すものとして寛政の改革で手鎖50日の処罰を受けたのは誰か。
- 山東京伝
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- 前野良沢や杉田玄白に蘭学を学び、江戸で蘭学塾を開き、太陽暦の新年会であるオランダ正月を開催した人は誰か。
- 大槻玄沢
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- 1790年、松平定信は柴野栗山の建言をいれて、湯島聖堂の学問所で朱子学以外の学問を教授することを禁止した。これを何というか。
- 寛政異学の禁
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- 文人・学者が描いた文人画の画家として、与謝蕪村とともに『十便十宜図』を描いたのは誰か。
- 池大雅
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- 8代将軍に定められ、裁判の公正な基準となった成文法の名称は何か。
- 公事方御定書
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- 田沼意次は増収策として銅・鉄・真鍮・人参などを幕府の専売し、幕府直営の施設を増設した。この施設を何というか。
- 座
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- 18世紀半ばころから流行した短編小説で、遊里を舞台に、日常会話を主体として町人の遊興や「通」の姿を、滑稽・軽妙に描いたものを何というか。
- 洒落本
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- 解体新書の蘭訳書の翻訳の苦心談を中心として回想録を著わした人物は誰か。
- 杉田玄白
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- 寛政の改革では、各地に倉を設け米穀をたくわえるように命じたが、この倉を何というか、2つあげよ。
- 社倉・義倉
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- 大坂町人たちの出資で設立され、幕府も準官学として援助を与えて、おおいに発展した大坂の学塾を何というか。
- 懐徳堂
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- 絵画を銅板に刻んで印刷したものを何というか。
- 銅版画
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- 蛮社の獄で処罰された陸奥水沢出身の人物で、医学をシーボルトに学んだのは誰か。
- 高野長英
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- 中国(清)から伝わった南画(南宋画)の画法は、学者や文人たちによって盛んに行われるようになったが、これを何というか。
- 文人画
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- 天保の改革を推進した老中は誰か。
- 水野忠邦
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- 江戸時代、各藩が藩士教育のために設立した教育施設を何というか。
- 藩校(藩学)
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- 草双紙は青本から大人の読み物になり、田沼時代には表紙の色も改まり、風俗・芝居・見世物など江戸市中の話題を取り上げる時事性を持ったものになった。これを何というか。
- 黄表紙
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- 林子平の絶版・発売禁止となった著書を何というか。
- 『海国兵談』
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- 大槻玄沢の蘭学塾を何というか。
- 芝蘭堂
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- 寛政の改革では、江戸の町人に町費を節約させ、その7割を積み立てさせて貧民救済にあてるよう指導したが、これを何というか。
- 七分積金
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- 庚申の夜に眠ると命が縮み、眠らずに身を慎めば災難が除かれるとの信仰から、眠らずに夜を明かす集まりを何というか。
- 庚申講
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- 18世紀半ばころ、多色刷の技法による浮世絵版画が創始されたがこれを何というか。
- 錦絵
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- 賀茂真淵に学び、古代から江戸初期にいたる国書を分類・集録し、その後の国文・国史の研究に大きく貢献した盲目の国学者は誰か。
- 塙保己一
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- 浜松の神職の出で、『万葉集』を中心とした古典研究から、外来思想である儒仏の影響を受けない純粋固有の日本古代精神の復活をはかり、復古主義をとなえた人は誰か。
- 賀茂真淵
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- 寛政の改革で、百姓の出稼ぎを制限し、正業を持たないものに対し資金を与えて農村へ帰ることを奨励した政策を何というか。
- 旧里帰農令
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- 人情本の代表的作家で、天保の改革で処罰されたのは誰か。
- 為永春水
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- 鹿児島に反射炉やガラス製造工場などを設けた薩摩藩主は誰か。
- 島津斉彬
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- 『東海道中膝栗毛』の作者は誰か。
- 十返舎一九
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- 牢人・神職・医師・町人らが、一般庶民に読み・書き・そろばんを教授した教育施設を何というか。
- 寺子屋
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- 1808年、幕命により樺太を探査し、島であることを確認した人は誰か。
- 間宮林蔵
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- 江戸時代の10代将軍は誰か。
- 徳川家治
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- 七分積金では、節約させた7割をどこに運用させたか。
- 江戸町会所
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- 藤田幽谷に学び、著書『新論』で尊王様夷論を説いた水戸学者は誰か。
- 会沢安
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- 近松門左衛門の指導を受け、18世紀前半に活躍した浄瑠璃作家で座元でもあった人は誰か。
- 竹田出雲
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- 長州(萩)藩の藩校の名称を答えよ。
- 明倫館
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- 幕末の相模の農政家で、没落した一家を再興し、節約・貯蓄を説く報徳仕法で各地の農村の復興に尽力したのは誰か。
- 二宮尊徳
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- モリソン号による事件を知り、幕府の方針を批判した江戸の蘭学者のグループが処罰される事件がおこったが、この事件を何というか。
- 蛮社の獄
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- 『農政本論』『経済要録』で産業の国産化を説いた人物は誰か。
- 佐藤信淵
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- 1838年、緒方洪庵が大坂に開いた蘭学塾を何というか。
- 適々斎塾(適塾)
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- ラクスマンの使節が来航した時、幕政を担当していたのは誰か。
- 松平定信
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- 曲亭馬琴の代表作で、安房の里見家再興を取り扱ったものを何というか。
- 『南総里見八犬伝』
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- 百姓の階層分化が進行し、無宿人や博徒が横行するなかで、関東の治安維持強化を目的に、1805年に創設された役職で、俗に八州廻りとよばれたものは何か。
- 関東取締出役
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- 鈴木牧之の随筆集で、雪国のきびしい自然や百姓の生活・風俗を実証的に描き、雪の観察と奇聞珍話で有名な作品を何というか。
- 『北越雪譜』
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- 1827年に、農村秩序を維持するため、関東において幕領・私領を問わず40~50カ村をあわせて設定された組織は何か。
- 寄場組合
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- 大塩の乱の影響を受けて越後柏崎でも国学者が蜂起したが、この人物を何というか。
- 生田万
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- 新井白石の時代に日本への布教を志し、屋久島に潜入し捕えられたイタリア人宣教師は誰か。
- シドッチ
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- 読本の初期に登場した上方の作家の作品で、日本・中国の古典からとった怪談を取り扱ったものを何というか。
- 『雨月物語』
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- 石田梅岩の主著で商業の正当性と商人の存在意義、さらには商人が守るべき徳目を説いたものは何か。
- 『都鄙問答』
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- 松平定信が旗本・御家人を救済するために、札差らに6年以前の債権を破棄させ、以後のものも返済利率を下げるよう命じた法令を何というか。
- 棄捐令
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- 寛政の改革で処罰を受けた黄表紙作家は誰か。
- 恋川春町
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- アレクサンドル1世(ロシア皇帝)の命により、通商を求めて長崎に来航したロシアの使節は誰か。
- レザノフ
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- 紀伊藩の藩主から8代将軍にむかえられた人物を答えよ。
- 徳川吉宗
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- 一致団結の意志を表し、円形に署名した連判状を何というか。
- 傘連判状
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- 雨月物語の作者は誰か。
- 上田秋成
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- 浮世絵版画のうち、人物の上半身や顔のみを大写しに描いたものを何というか。
- 大首絵
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- 長崎におもむき洋画を研究して日本最初の銅版画に成功し、『不忍池図』を制作したのは誰か。
- 司馬江漢
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- 白河藩主松平定信に仕え、絵を谷文晁に学んだが、のちオランダ人に銅版画や洋画を学び、「浅間山図屏風」を残したのは誰か。
- 亜欧堂田善
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- 遊戯文芸のうち、和歌の形式を借りたものを何というか。
- 狂歌
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- 為永春水の代表作をあげよ。
- 『春色梅児誉美』
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- 鳴滝塾を開いた商館医が帰国の時、国外への持ち出しが禁じられていた日本地図を持っていたため国外追放となった。この事件を何というか。
- シーボルト事件
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- 一茶が日記風に著わした随筆と発句からなる俳書を何というか。
- 『おらが春』
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- 『誹風柳多留』初編を刊行した、川柳の始祖は誰か。
- 柄井川柳
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- 洒落本が禁止されたあと、その滑稽味を受け継ぎ、庶民の生活を会話中心に写実的に描写した小説を何というか。
- 滑稽本
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- 江戸時代中期におこった学問で、日本の民族精神の根源を、古典のなかで究明しようとした学問を何というか。
- 国学
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- 伊勢神宮への集団参拝が流行し、特定の年に群衆が熱狂的に参詣したが、これを何というか。
- 御蔭参り
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- 葛飾北斎の代表作で、富士を各地から眺めた46枚の風景版画を何というか。
- 『富嶽三十六景』
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- ラクスマンの使節はどこに来航したか。
- 根室
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- 代表越訴型一揆で、下総佐倉藩領の名主で将軍家綱に直訴して刑死した義民は誰か。
- 佐倉惣五郎
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- 1万石につき米100石を大名から臨時に上納させ、代わりに参勤交代を緩和した制度の名称を答えよ。
- 上げ米
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- 黄表紙の第一人者は、寛政の改革を風刺した小説を著わし幕府に処罰された。この人物を答えよ。
- 恋川春町
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- 木下順庵に学び、8代将軍に重用された儒学者を答えよ。
- 室鳩巣
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- 18世紀初めころ、町人道徳として、神・仏・儒の諸説を平易に説明し、倹約・堪忍・正直や知足安分をはじめて説いたのは誰か。
- 石田梅岩
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- 田沼意次に派遣された北方探査隊の中心人物は誰か。
- 最上徳内
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- シドッチを訊問した新井白石は、証言をもとに西洋風俗などに関する2冊の著書を著わしたが、そのうち西洋研究書ともいうべきものをあげよ。
- 『西洋紀聞』
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- 17世紀末以降、中国(清)への主要な輸出品となった海産物を総称して何というか。
- 俵物
*干し鮑・いりこ・ふかひれ
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- 水野忠邦は幕府権力の強化のため、江戸・大坂周辺の大名・旗本領を直轄領にする命令を出して失敗した。この命令を何というか。
- 上知令
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- 随筆集『北越雪譜』を著した越後の文人は誰か。
- 鈴木牧之
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- 式亭三馬が著わした湯屋を舞台とする滑稽本を何というか。
- 『浮世風呂』
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- 松平定信は天明の飢饉の教訓を活かし、諸藩に対し1万石につき50石の貯蔵を命じたが、これを何というか。
- 囲米
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- 1807年、江戸幕府の直轄地となった全蝦夷地を支配した役職を何というか。
- 松前奉行
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- 吉田松陰が尊攘倒幕派の人材を育てた学塾の名をあげよ。
- 松下村塾
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- 江戸時代の社交場ともいうべき湯屋や髪結床を舞台に、庶民のさまざまな様子を描いたのは誰か。
- 式亭三馬
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- 17世紀後半から増え始めた、村々の代表者が要求をとりまとめて領主に直訴する一揆を何というか。
- 代表越訴型一揆
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- 大槻玄沢は蘭学の入門書を著わしたが、それを何というか。
- 『蘭学階梯』
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- 自然世の考え方を展開した安藤昌益の主著をあげよ。
- 『自然真営道』
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- シドッチを訊問した新井白石は、証言をもとに西洋の地理・風俗などに関する2冊の著書を著わしたが、そのうち地理書ともいうべきものをあげよ。
- 『采覧異言』