万物をどう説明するか

自然のものをつくったり変化させたりするものは何だろう?
原子ですか?
他に思いつかない。
古代ギリシアの人々は、当初この疑問を神話で説明しました。つまり、神々の営みなんだと。

神話で説明

神話
自然のもの( ピュシス )をつくったり変化させたりする根源( アルケー )が神々であると紹介

ギリシア神話を扱う叙事詩

 ホメロス の『イリアス』

理性で説明

ところが、次第に人々は神話に頼らず、「理性」でアルケーを探究し始めました。
「理性」って?
難しい言葉だから、ひとまず「頭をよく働かせること」としておきましょう。
自然のもの(ピュシス)の根源(アルケー)を理性( ロゴス )で探究開始
自然哲学者の登場
哲学
「知恵を愛する」という意味の フィロソフィア が語源
 テオーリア  観想 
理性で探究すること

代表的な自然哲学者

人物 主張したアルケー
 タレス 
 ヘラクレイトス 
 ピタゴラス 
デモクリトス  原子 

身につけるべき能力は何か

私たちが身につけるべき能力って何だと思いますか?
コミュニケーション能力?
私たちの生活を考えるとそうですよね。古代ギリシアの哲学者は、政治・裁判の制度が確立すると、探究する対象を自然のもの(ピュシス)から法・制度などに変えました。これら変化にあわせ、彼らは身につけるべき能力を「弁論術」だと考えたのです。
弁論術?コミュニケーション能力に近そうだけど…
言葉を操る面では同じだけど、むしろ説得や相手を言い負かしたりする意味合いが強い。

ピュシスからノモスへ

紀元前5世紀中頃、ギリシアの都市国家(ポリス)の一つであるアテネで、民主制が確立しました。
裁判での勝利や政治での演説のため、言葉による説得の技術である弁論術が重視され始めました。
アテネの人々にとって、身につけるべき能力 徳  アレテー )は、弁論術だとされました。

弁論術を教える職業教師

徳(アレテー)として弁論術など役立つ知識を教える職業教師 ソフィスト が登場しました。
彼らは絶対的な正義や真理のような客観的で普遍的な価値の基準が存在しないという相対主義の立場をとりました。
次第に相対主義のもとに、弁論に勝つことのみを重視する者が増えました。
ソフィスト
自然哲学者は自然のもの( ピュシス )を哲学の対象としたが、ソフィストは法・制度など人為的なもの( ノモス )を考察
代表的なソフィスト
ゴルギアス
 プロタゴラス 
 万物の尺度は人間である 」=相対主義の考え
ソフィストの弁論術は、プロタゴラスの授業料裁判の話がとてもよく表しているので、ぜひ調べてほしいです。

 ソクラテス (前469頃~前399)

相対主義の立場をとるソフィストに対して、絶対的・客観的な真理があるとしたのがソクラテスでした。
ソクラテスってどんな人なんだろう?
ソクラテスは、自分を知者と思っていませんでしが、下の①~④の出来事をきっかけに人間のあり方について探究を始めた人です。
その後でソクラテスはどうしたの?
他人にも無知を自覚させようとしました。
 問答法  産婆術・助産術 
相手との問答を重ねる中で、矛盾や不十分さを指摘し、知っているという思い込み( ドクサ )をもつ相手自身にその無知を自覚させる方法
ここで大事なのは、ソクラテスが相手に知識を与えていたのでもなく、真の知(絶対的・普遍的な真理)を知っていたのでもないことです。ただ、無知の知があるだけ。
相手を無知の知に至らせてどうするの?
真の知(絶対的・普遍的な真理)に向けて、考えをめぐらせ探究させるのです。
だからソフィストと対立したのかな!?
しかし、ソフィストの恨みを買いすぎたのか、青年を堕落させたとして裁判にかけられて死刑を宣告されました。
ソクラテスは、友人から脱獄をすすめられました。しかし、判決は不当であっても法にのっとって下されたものであり、そのための脱獄は不正だと断りました。法に従うことを選んで自ら毒杯を仰ぎました。
そんなソクラテスは、生前「よく生きること」をたびたび説きました。

ソクラテスの死
*Wikipediaより引用(パブリックドメイン)
「よく生きること」
このためには、魂( プシュケー )をよいものにすること(魂への配慮)
が必要
魂のよさ
ソクラテスの考える人間の徳(アレテー)
真の知(絶対的・普遍的な真理)を知ること、例えば、本当によいことや正しいことを知ることによって得られるもの
「魂のよさ=徳=真の知の獲得」、つまり 知徳合一 である。
また、本当によいことを知っていれば、正しい行為ができるので「 知行合一 」である。
そして、魂のよさがあって初めて幸福につながるので、「 福徳一致 」である。
どんどん連鎖して単語がでてくるから難しい…

ソクラテスが求めた真理はどこにあるか

ソクラテスを裁くことが「よい」とした市民の判断、脱獄しないことが「よい」としたソクラテスの判断。そのように物事をそうたらしめている原因、言い換えるなら真理はどこにあるのか。

 プラトン (前427~前347)

ソクラテスの弟子、 アカデメイア という学園を創設
主著『 饗宴 』『 国家 

真理について

プラトンに物事の原因(真理)はどこにあると考えたのかな?
この現実の世界とは別の、永遠に変わることのない理想のイデア界(真理の世界)にあると考えました。
イデア?
実際に実感してみてほしいので、頭の中で三角形を思い浮かべた後でノートにそれを書いてみてください。
線が歪んでいたり、角が丸かったりしているが、私たちはその形を「三角形」と考え、また、頭の中に完全な三角形「△」を思い浮かべられる。
プラトンは、このことをイデア界にある完全な三角形(三角形のイデア)を理性で認識してしたり、不完全な三角形を通して三角形のイデアを呼び起こしているからだと言います。
なぜ別の世界のものを私たちは認識したり、呼び起こしたりできるのかな?
プラトンによれば、人間の魂はもともとイデア界にあって、そこでイデアを見ているそうです。それが誕生とともに、現実の世界の肉体に閉じ込められるのです。
現実の世界でイデアに似たものを見たり聞いたりすると、イデアの記憶を呼び起こされるそうです。
 アナムネーシス  想起 
現実の世界でイデアに似たものを見たり聞いたりすると、イデアの記憶を呼び起こされること
 善のイデア 
イデア界にある様々なイデアの中で最高のイデア
このイデアを思い出すと、最高の生活を送ることができるとプラトンは説明
洞窟の比喩
プラトンが使った、現実の世界とイデア界の例え
人間は現実の世界である洞窟の壁に映る影絵を本物だと思い込み、外にあるイデア界の存在を知らないという話
 エロース 
魂がもといた場所のイデア界で見たイデアを想起(アナムネーシス)し、イデアに憧れ求める気持ち(愛)

魂について

プラトンは、ソクラテスと同じく、人の徳(アレテー)と魂を関連付けて考えました。
魂の三部分
魂は次の三部分からなります。
魂の三部分がそれぞれ身につけること(徳)
上記①~③が揃うと、魂は調和した状態となり、全体としての徳である 正義 も備わるとされます。
上記①~③に正義を加えた四つの徳を 四元徳 と言います。
理想の国家
多くの人々は知恵・勇気・節制のそれぞれをバランスよくもっていません。
プラトンは、長けた部分に従って人々のポリスでの役割を分担すべきだと考えました。
理性的部分が徳「知恵」を身につけるには善のイデアに向かうことってあったけど、それが優れた人ってプラトンみたいな哲学者ではないの?
その通り。プラトンは知恵に優れた者が統治者に相応しいと考えたが、つまりは哲学者(哲人)が就くべきだと考えていました。このような政治を哲人政治と言います。

 アリストテレス (前384~前322)

プラトンの弟子、リュケイオンという学園を創設
主著『 形而上学 』『 ニコマコス倫理学 
プラトンの弟子ということは、またイデアが出てくるのかな!?
いや、弟子でありながら、アリストテレスは師プラトンのイデア論を否定しています。

イデア論の否定

プラトン
物を物たらしめているものはイデアであり、それは別世界のイデア界に存在
アリストテレス
物を物たらしめているものは エイドス  形相 )であり、それは現実の世界の物の中に内在
エイドス!?
イデアよりわかりにくいような…
木のような素材をヒュレー(質料)と呼び、それは机にも椅子にも柱にも家にもなれる。これら一つ一つの可能性がエイドス(形相)だと考えてください。素材に内在する机のエイドス(形相)が引き出されれば、エイドス(形相)が現実に形をもって現れたとされます。
 ヒュレー  質料 
素材のこと
 エイドス  形相 
ヒュレーに内在する、物を物たらしめるもの
プラトンは真理を理想の世界に、アリストテレスは真理を現実の世界に求めました。両者の違いは次の絵画に表されています。どちらがプラトンかわかりますか?

『アテネの学堂』
*Wikipediaより引用(パブリックドメイン)
天を指さしているのがプラトンで、地に向けて手を広げているのがアリストテレスかな!?

人間の徳は何か

アリストテレスは、徳を次の2つに大別しました。
中庸って何だろう!?
行動において過度や不足という両極端を避け、適切にその間の行動を選ぶ判断基準のことです。例えば、勇気も、過度であれば無謀であり、不足であれば臆病となります。

正義と友愛

アリストテレスは、性格的の中でも、共同体維持には特に「正義」「友愛」が大事だと考えました。
 正義 
国家形成のための秩序原理
 友愛  フィリア 
国家形成のための結合原理
アリストテレスは、都市国家(ポリス)が人間の生活を満たす完全な共同体であると考えていました。
このようなポリスの中で、人間は正義と友愛の性格的徳を身につけられます。
 人間はポリス的動物 
正義
国家形成のための秩序原理である正義は、次のように分類されます。
 全体 的正義
ポリスの法を遵守
 部分 的正義
特定の場面で公平という性格的徳を実現
部分的正義は、さらに次のように分類されます。
 配分 的正義
地位や能力に応じて名誉や利益を公平に分配
 調整 的正義
裁判などで各人の利害得失を調整して均等化

ヘレニズム時代に、人はポリスという枠を超えてどう生きるべきか

アレクサンドロス大王の東方遠征開始(前4世紀後半)から約300年間をヘレニズム時代と言います。この時代にはギリシアの人々は、ポリスの枠を超えて生きていくことが求められました。
弁論術を身につけたり、正義や友愛を重視したりするのが、通用しなくなったってことかな!?
そう。ソフィストやソクラテス以降の哲学者は、いずれもポリスの生活を理想として、それをよりよくするように考えていました。
その枠が消えたってことは、次はどのような生き方が理想になるんだろう?
次のような理想的生き方が登場しました。

 エピクロス 

開祖
 エピクロス 
 快楽 主義
身体に苦痛がなく、精神に動揺がないことを快楽と呼称
上記の快楽の状態を アタラクシア と言い、これを保つことが理想の生き方
 隠れ生きよ 
アタラクシアを保つことが難しい公共の場から離れること

 ストア 

開祖
 ゼノン 
 禁欲 主義
喜怒哀楽といった情念( パトス )を理性(ロゴス)で抑制
情念に動かされない心境を アパテイア と言い、これを求めることが理想の生き方
 自然に従って生きよ 
人間の本性(自然)は理性(ロゴス)であり、その理性で情念を抑えるというストア派を表す言葉