アフリカの内戦と対テロ戦争

概要
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表記について

アフリカの内戦

「ローズの国」から黒人多数支配の国へ

19世紀末、イギリスの植民地となった ローデシア  の地名は、植民地の拡張を推進したセシル=ローズの名に由来します。
1965年、ローデシアは白人少数支配の下でイギリスから独立しました。
1980年、白人少数政権が倒された後、黒人多数支配の ジンバブエ  が成立しました。

人種差別の撤廃

1961年、イギリス連邦から独立した南アフリカでは、白人支配を維持するために、多数派の黒人を差別する人種隔離政策 アパルトヘイト  が採用されました。
 マンデラ  がアフリカ民族会議(ANC)を指導し、反アパルトヘイト運動を続けました。
1991年、南アフリカ大統領 デクラーク   アパルトヘイト  の終結を宣言しました。
1994年、全人種による平等な選挙がおこなわれ、アパルトヘイトが完全に廃止されました。
1994年、 マンデラ  が南アフリカの黒人初の大統領に就任しました。

内戦

「アフリカの年」と呼ばれた1960年以降、アフリカでは次のような内戦が勃発しました。
上記のような内戦は、植民地時代に引かれた人為的な国境による民族分断、貧困・飢餓、資源配分の争いが要因にあげられます。

対テロ戦争

同時多発テロ事件

2001年9月11日、 同時多発テロ 
ニューヨークとワシントンのビルに、乗っ取られたアメリカの航空機が激突した事件
アメリカが「対テロ戦争」を宣言し、事件の首謀者と断定された者がいると思われたアフガニスタンへ攻撃
アフガニスタンでは国際連合主導で暫定政権が樹立されましたが、治安の悪化が続いています。

イラク戦争

2003年、 イラク戦争 
イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を保有しているとの情報が流れ、アメリカとイギリスが攻撃して開戦
 フセイン  政権が打倒され、アメリカ・イギリスが中心となってイラクを占領統治
2004年、イラクの暫定政権に主権が委譲されましたが、外国軍の駐留や暫定政権への反対が続いています。

平和の希求

冷戦後、国際連合が中心となって、次のような平和活動をしています。