インドの古典文明

表記について
概要
インドの人々は、大きくアーリア人とドラヴィダ人にわかれます。古くから異民族が進入をくり返しましたが、進入した民族は、それまでの社会の影響をうけつつも完全に同化されてしまうことはありませんでした。こうしてインド社会は、多くの民族・言語・宗教が共存する独自の世界を形成するようになりました。

インダス文明

インドの人々

現在のインドの人々は次の2つに大別されます。

最古のインド文明

前2300年頃~前1800年頃、ドラヴィダ人(≠アーリア人)の人々がインドの最古の文明インダス文明を築きました。
この文明下の優れた都市計画は、インダス川流域のモヘンジョ=ダーロハラッパーなどの遺跡に残っています。
モヘンジョ=ダーロ
レンガ造りの住宅・沐浴場(大浴場)や、排水施設を備えた遺跡
モヘンジョ=ダーロ
モヘンジョ=ダーロ
遺跡からは、インダス文字が刻まれた印章などが見つかっています。
しかし、インダス文字は現在も未解読のままです。
インダス文字
インダス文字が刻まれた印章

ヴェーダ時代

アーリア人の移動

前1500年頃、アーリア人がインド北西部に侵入しました。
アーリア人は雷や火などの自然神を崇拝し、多くの祭式をおこないました。
その神々への讃歌さんかの集成が『リグ=ヴェーダ』です。
前1000年頃、アーリア人は肥沃なガンジス川上流域へ移動し始めました。
アーリア人は、移動した土地で先住民から農耕技術を学び、定住農耕社会を形成しました。
生産の余裕から、王侯・戦士・司祭など、生産に従事しない階層も現れました。

ヴァルナ制とジャーティ

アーリア人の定住が進む過程で、人々を次の4つの基本的身分で区別するヴァルナ制が生まれました。
共通の職業を単位とする集団があり、他の集団の者と結婚したり食事した入りすることが制限されていました。
この集団をジャーティと呼びます。
ヴァルナ制とジャーティが結びつき、今日のカースト制度が形成されました。
カースト
ヨーロッパ人による呼び名に由来(「血統」を意味するポルトガル語が語源)

ヴェーダ時代以降

新たな宗教の成立とバラモン教の改革

仏教の成立

仏教は、ガウタマ=シッダールタ(尊称:仏陀ぶっだ)に創始されました。
ガウタマは、動物を犠牲に捧げる供犠、難解なヴェーダ祭式、バラモンを最高位とみなすヴァルナ制を否定しました
ガウタマは、輪廻転生という迷いの道から、人はいかに脱却するかという解脱の道を説きました。

ジャイナ教の成立

ジャイナ教は、ヴァルダマーナに創始されました。
ジャイナ教は、ヴェーダ聖典の権威やバラモン教を否定し、苦行と不殺生を強調しました。

バラモン教の改革

バラモン教を否定する動きに対して、バラモン教に改革運動が生じました。
祭式至上主義から内面の思索を重視する探究ウパニシャッド哲学が始められました。

都市国家の成長

前6世紀頃、城壁で囲まれた都市国家がいくつか生まれました。
その中からコーサラ国やガンジス川流域を統一したマガダ国が有力となりました。
マガダ国では、この頃に成立した新しい宗教仏教ジャイナ教を保護しました。