西ヨーロッパの中世文化

概要
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表記について

中世文化

教会と修道院

西ヨーロッパ中世では、日常生活全般にローマ=カトリック教会の権威が行き渡っていました。
教会のみが、出生・結婚など人生の節目に儀式を授け、魂の救済ができるとされました。
この枠組みから外される「破門」は、極めて重い罰でした。

修道院

修道院は、厳しい規律の下で信仰修行と労働に励む者が共同生活を営む場所です。
6世紀、 ベネディクトゥス  がイタリアの モンテ=カシノ  に修道院を設立しました。
ベネディクト修道会は、「祈り、働け」をモットーに、清貧・純潔・服従の生活を送ることを求めました。
この考えは「労働=奴隷の仕事」という労働観を大きく変えました。
修道院は、時代ごとに様々な活動をおこないました。
10世紀、クリュニー修道院が中心となり、教会の腐敗に対して改革運動を起こしました。復習
12~13世紀、ベネディクト修道会の思想を継ぐ シトー修道会  が、開墾運動の先頭に立ちました。復習
13世紀、修道院の外で布教に努める修道会 托鉢たくはつ修道会  が現れ、 フランチェスコ修道会   ドミニコ修道会  の2つが知られています。
開墾する修道士
12世紀の開墾をおこなう修道士

神学とラテン語

西ヨーロッパ中世では、キリスト教の教理・信仰・倫理を研究する神学が最高の学問とされました。
当時の学者・知識人はローマ=カトリック教会の聖職者であり、学問にラテン語を用いました。
大半の人々はラテン語ができず、ラテン語で書かれた聖書が読めませんでした

学問と大学

8~9世紀の文芸復興

8~9世紀、 カール大帝  は宮廷に アルクイン  ら学者を集め、学芸を奨励しました。
これにより、 カロリング=ルネサンス  と呼ばれる文芸復興がおこりました。

スコラ学

9世紀頃、キリスト教信仰との調和を重んじ、論理的に体系化する学問 スコラ学  が始まりました。
スコラ学の中心的議論は、次の実在論と唯名論の普遍論争でした。
実在論
神や普遍という個物の原型が存在するという立場
代表論者は アンセルムス 
唯名論(名目論)
あらゆるものに共通する原型は思考実験のなかでのみ存在するという立場
代表論者は アベラール  やウィリアム=オッカム
ギリシアのアリストテレス哲学が、スコラ学の発展に大きな影響を与えました
 トマス=アクィナス  は、『 神学大全  』を著し、スコラ学を大成しました。

12世紀の文芸復興

11世紀末以降、十字軍が東方に遠征すると、ビザンツ帝国やイスラーム世界を通して古代ギリシア哲学書が伝えられました
ギリシア古典やアラビア語の哲学書や医学書がラテン語に翻訳され、西ヨーロッパの哲学・神学や医学に影響を与えました
これを契機に学問が発展する 12世紀ルネサンス  がおこりました。
12~13世紀の専門的学問分野は、法学・神学・医学
ギリシアのアリストテレス哲学がキリスト教の神学に取り入れられ、これを体系化した書物が著されました

イスラーム科学の影響

十字軍の遠征で、イスラーム科学の影響も受けました。
13世紀、 ロジャー=ベーコン  が自然科学で実験を重視する 方法論を説きました。

大学の誕生

12世紀頃、西ヨーロッパで大学がつくられ始めました。
大学は、教師や学生のギルド的な自治団体として発展しました
ただし、教会の権威下におかれ、キリスト教に反するような自由な学問・思想は許されませんでした
また、大学ではラテン語が共通の学術語でした
次の大学は特定の学問に優れて有名でした。

建築・美術

中世初期、建築はビザンツ様式の模様がおこなわれました。
11世紀、厚い石壁に小窓をもつ ロマネスク様式  が生み出されました。
厚い石壁と小窓は、技術が不足し、建物の強度を上げるために採用されました。
12世紀、多彩なステンドグラス・尖塔・アーチを特徴とする  ゴシック様式  が広まりました。
ゴシック様式
ロマネスク様式と比べ、壁を薄くする技術が進歩して広い窓を採用でき、それらをステンドグラスで装飾

代表的なロマネスク様式

 ピサ大聖堂
11~12世紀に建立されたイタリアのロマネスク様式の建築
ピサ大聖堂
ピサ大聖堂

代表的なゴシック様式

 ノートルダム大聖堂 
13世紀にほぼ完成したフランスのゴシック様式の建築
 シャルトル大聖堂 
12~13世紀に建立されたフランスのゴシック様式の建築
ノートルダム大聖堂
ノートルダム大聖堂
シャルトル大聖堂
シャルトル大聖堂
シャルトル大聖堂のステンドグラス
シャルトル大聖堂のステンドグラス

文学

騎士は、西ヨーロッパ中世の理想的人物でした。
騎士には、騎士道と呼ばれる、武勇・忠誠・敬神、弱者へのいたわりを重視する道徳がありました。
騎士道を題材にした文学作品が騎士道物語で、俗語で表現されました。
主に宮廷をめぐり歩く 吟遊詩人  が騎士の武勲詩や恋愛詩を朗唱し、叙情詩の文学が栄えました。

代表的な作品

 ローランの歌 
 カール大帝  の時代の騎士を題材に、11世紀末にフランスで 成立した騎士道物語
 ニーベルンゲンの歌 
5世紀前半に アッティラ  の下で大帝国を築いたフン族がブルグント族を攻撃したことに、題材の一部をとったゲルマンの 英雄叙事詩
13世紀にドイツで完成
 アーサー王物語 
ブリトン人の伝説的英雄を物語化した騎士道物語で、12世紀にフランスで成立
ブリトン人の伝説的英雄-アーサー王
『アーサー王物語』は、12世紀前半に成文化されると、ヨーロッパ中に広まりました。これを政治的に利用したのが、イングランド王ヘンリ2世です。ヘンリ2世の治世にはアーサー王関連作品が書かれました。作品の中で描かれたアーサー王は、ブリテン島のみならず北欧やガリアまで支配しています。相続や婚姻を通じて広大な領土を治めることになったヘンリ2世にとって、王権の権威づけに望ましいものでした。聖杯伝説や恋愛などの要素も加えられた『アーサー王物語』は、後に広く愛好されることになります。
円卓の騎士