日本史 一問一答:No.104 公武合体と幕政反対

一問一答
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12問

  • 井伊直弼の独裁政治が否定されたことから、幕府では朝廷の伝統的権威と結びつくことで幕政を維持しようとした。この考え方を何というか。
  • 公武合体論を推進した老中は誰か。
  • 安藤信正が、公武合体の政策を進めるために、朝廷に申し入れたことは何か。
  • 和宮の将軍家茂への降嫁に憤激した尊攘派の志士たちにより、老中安藤信正が傷つけられる事件がおこった。この事件を何というか。
  • 独自の公武合体論をもって幕政改革にのり出し、国父と称された薩摩藩の実力者(藩主の実父)は誰か。
  • 島津久光は勅使大原重徳とともに江戸に下り、幕政改革を要求したが、この時に幕府が行った改革を何というか。
  • 文久の改革で新設された将軍を補佐する役職を何というか。また、誰が任命されたか。
  • 文久の改革で京都所司代の上に、京都の治安を維持するための職を設けたが、これを何というか。また、誰が任命されたか。
  • 文久の改革で大名に対し緩和された制度とは何か。
  • 1862年に、江戸から京都に帰国する途中の島津久光の行列を横切ったため、イギリス人が殺傷された。この事件を何というか。
  • 生麦事件が原因となっておこった戦いを何というか。
  • 幕府は1863年5月10日を攘夷決行の日と定めて、諸藩にその実行を命じたが、これに応じて攘夷を実行した藩はどこか。