日本史 一問一答:江戸時代
一問一答
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321問
- 三河の小大名出身で、小田原の北条氏の滅亡後、豊臣秀吉が東国の支配をまかせた人物はだれか。
- 徳川家康が覇権を確立した天下分け目の戦いは、何という戦いか。
- 関ヶ原の戦いで西軍の中心になった豊臣政権の五奉行の一人で、内政面に練達した人物はだれか。
- 豊臣秀吉の武将の一人で、関ヶ原の戦いでは東軍に属し、広島城主となったが、のちに居城を無断で修築したことを江戸幕府にとがめられ、領地を没収されたのはだれか。
- 江戸幕府の大名に対する処分で、領地を没収しその家を断絶させることを何というか。
- 征夷大将軍の職は、1605年に徳川家康の3男に譲られ、家康の子孫が継承することが世に示された。この3男とはだれか。
- 征夷大将軍を辞した徳川家康は駿府に移ったが、前将軍として実権は握りつづけた。前将軍に対する尊称は何か。
- 豊臣氏は、1614年・1615年の2度の戦いで滅びたが、この戦いを何というか。
- 大坂の役で滅ぼされた豊臣秀吉の子はだれか。
- 大坂の役の発端となった「国家安康、君臣豊楽」の銘がある鐘は、何という寺のものか。
- 大坂の役の直後に、幕府は諸大名に対し、居城以外の城は破却するように命じたが、この法令を何というか。
- 大坂の役の後、徳川家康は諸大名を伏見城に集め、将軍徳川秀忠の名で大名の守るべき基本法を公表した。これを何というか。
- 武家諸法度を起草したのは、徳川家康に仕えた南禅寺の僧で「黒衣の宰相」とよばれた人物であるが、だれか。
- 江戸時代には、将軍と主従関係を結んだ石高1万石以上の支配地を与えられた武家が270家前後あったが、これを何というか。
- 江戸時代の大名のうち、徳川氏の一門を何とよんだか。
- 関ヶ原の戦い以前から徳川氏に臣従していた大名を何というか。
- 関ヶ原の戦いに前後して徳川家に臣従した大名を何というか。
- 徳川氏一門のなかでも家康の子どもの家系には最高の格式が与えられ、将軍を出すことができる家柄と定められていたが、それを何というか。
- 三家の家名(藩名)をあげよ。
- 江戸幕府3代将軍で、幕府の支配体制を確立した人物はだれか。
- 江戸幕府は諸大名や旗本に、石高に応じて人馬や武器類の保有を義務づけ、戦時にはこれらの兵馬をひきつれて参加させた。これを何というか。
- 3代将軍徳川家光の時に発布された大名統制の基本法は何か。
- 武家諸法度によって、大名統制のために明文化された制度を何というか。
- 強力な領主権を持つ将軍(幕府)と大名(藩)が、土地と人民を統治する支配体制を何というか。
- 江戸幕府は諸大名や旗本に、石高に応じて人馬や武器類の保有を義務づけ、戦時にはこれらの兵馬をひきつれて参加させた。これを何というか。
- 江戸幕府の直轄地を何というか。
- 幕領(天領)は全国におよんだが、何万石ぐらいあったか。
- 徳川将軍直属の家臣を総称して何というか。
- 直参は石高1万石未満のものであったが、このうち領地を与えられてその支配を許された上級の家臣を何というか。
- 直参のうち、給与である蔵米を支給されていた下級家臣を何というか。
- 江戸幕府の職制のうち、政務を統轄していた常置の最高職を何というか。
- 幕府の非常時に、老中の上位におかれた幕府の最高職を何というか。
- 老中を補佐し、旗本・御家人の監督を行う職を何というか。
- 老中の下にあり、特に大名の監察にあたる職を何というか。
- 若年寄の下にあり、旗本・御家人の監察にあたる職を何というか。
- 江戸幕府の職制のなかで、三奉行と総称された役職をすべてあげよ。
- 三奉行のうち、将軍直属で譜代大名より選任され、最高の格式を持ち、寺社・寺社領の管理や宗教統制、関八州以外の私領の訴状受理などを担当したのは何か。
- 三奉行のうち、旗本から選任され、幕領の租税徴収や、関八州の公私領や全国の幕領の訴訟を担当したのは何か。
- 三奉行のうち、旗本から選任され、江戸市中の行政・司法・警察を担当し、南北両奉行からなっていたのは何か。
- 江戸幕府の職制の特色は、各役職が複数で構成され、月ごとに勤務を交代した点にあるが、これを何というか。
- 三奉行が専決できない重大事や管轄のまたがる訴訟などは、三奉行に老中などを加えて最高司法機関を構成して処理したが、この機関を何とよんだか。
- 江戸幕府の職制のうち、朝廷の監察や連絡、西国大名の監視などにあたった要職を何というか。
- 江戸幕府の支配する城を、将軍にかわって守衛し政務をつかさどった職名を何というか。
- 江戸幕府は重要直轄地に奉行を設置したが、この奉行を総称して何というか。
- 奉行支配地以外の直轄地の民政は、勘定奉行の支配下の職がそれにあたった。そのうちでおよそ10万石以上の地を担当した職を何というか。
- 10万石に達しない幕領の支配を担当した職を何というか。
- 強力な領主権を持つ将軍(幕府)と大名(藩)が、土地と人民を統治する支配体制を何というか。
- 各藩において,大名が家臣に禄高にあたる一定の領地を与え、その領民支配を認める制度を何というか。
- 大名が家臣に蔵米を支給する制度を何というか。
- 江戸幕府の職制のうち、朝廷の監察や連絡、西国大名の監視などにあたった要職を何というか。
- 公家から2人選ばれ、朝廷に幕府側の指示を与えた役職を何というか。
- 朝廷や公家の統制のために江戸幕府が制定した法令で、「天子諸芸能の事、第一御学問也」で始まるのは何か。
- 江戸幕府は天皇の領地を必要最低限にとどめ、徳川家康が整理して約1万石、のち秀忠が1万石、綱吉が1万石を献じて計約3万石とした。この天皇領を何というか。
- 1627年に、朝廷と寺社の関係に幕府が介入し、天皇の勅許を無効としたため、これに抗議した僧侶が処罰されたり、天皇が突然譲位したりする事件がおこった。これを何というか。
- 紫衣事件の時、譲位した天皇はだれか。
- 紫衣事件後に皇位についたのは、2代将軍徳川秀忠の娘和子との間に生まれた娘であったが、何天皇か。
- 紫衣事件の時、幕府に抗議し、出羽に配流された大徳寺の僧侶はだれか。
- 17世紀半ばに、来日した明の僧侶によって伝えられた禅宗の一派を何というか。
- 黄檗宗を伝えた明の僧侶とはだれか。
- 江戸幕府が1665年に出した、神社・神職に対する統制のために制定した法令を何というか。
- 1614年に、マニラに追放されたキリシタン大名をあげよ。
- 1622年に、長崎でキリスト教宣教師・信徒ら55名が処刑された事件を何というか。
- 九州のキリシタン農民らが領主(松倉氏や寺沢氏)の圧政に反抗して一揆をおこしたが、これを何というか。
- 江戸幕府が禁教の目的で行った民衆の信仰調査を何というか。
- 宗門改めの結果、作成された帳簿を何というか。
- 江戸幕府はキリシタン摘発のため、キリスト像やマリア像を踏ませた。これを何というか。
- 江戸幕府は一般民衆を必ずどこかの寺院に所属させ、キリシタンでないことを証明させたが、この制度を何というか。
- 法華を信じない者の施しを受けず、また施さずとする仏教の日蓮宗の宗派も、キリスト教とともに弾圧されたが、この派を何というか。
- 江戸幕府が出した寺院法度では、宗派ごとに中心寺院の地位を保障してその統制下の寺院を組織させた。この制度を何というか。
- 1600年に、豊後臼杵湾に漂着したヨーロッパの船名をあげよ。
- リーフデ号の乗組員のなかで、徳川家康の外交・貿易顧問となったイギリス人はだれか。
- ウィリアム=アダムズの日本名を何というか。
- リーフデ号の航海士で徳川家康の信任を受け、江戸に屋敷を与えられ、朱印船貿易に従事したオランダ人はだれか。
- ヤン=ヨーステンの日本名を何というか。
- 江戸時代初期、イギリスやオランダは、日本との貿易のための商館をどこに開設したか。
- 1610年に、徳川家康はスペインの植民地であった現在のメキシコに使節を派遣して通商を求めたが、使節として派遣された京都の商人はだれか。
- 慶長遣欧使節を派遣した仙台藩主はだれか。
- 慶長遣欧使節として派遣されたのはだれか。
- 江戸時代初期に、対日貿易で巨利を得ていたポルトガル商人の日本への最大の輸出品は何か。
- 1604年に、ポルトガル商人の利益独占を排除するため、江戸幕府が定めた特定商人に中国産の生糸を一括購入させる制度を何というか。
- 糸割符制度で、輸入の特権が与えられた特定商人の構成員を何というか。
- 糸割符仲間は、はじめ3カ所の都市の商人にだけ認められたが、どこの都市の商人か。
- 糸割符仲間は、のちに江戸・大坂の商人が加えられたが、これらの特定商人たちを総称して何とよんだか。
- 中国の明・清時代にとられた交易統制政策で,冊封を前提とする諸国の王との朝貢貿易のみに限定し、中国人の海外渡航・交易も禁じた政策を何というか。
- 江戸時代初期、海外貿易を盛んにするために幕府が発行した渡航許可証を何というか。
- 朱印状を所有し、海外に渡航した船を何というか。
- 朱印船貿易で活躍した、長崎と摂津の豪商をそれぞれあげよ。
- 朱印船貿易で活躍した、京都の豪商を2人あげよ。
- 日本人の海外貿易の活発化にともない、海外に日本移民の集団居住地が形成されたが、これを何というか。
- 1616年に、幕府は貿易統制のためヨーロッパ船の来航地を限定したが、その2港をあげよ。
- 1624年に幕府が来航を禁じたのは、どこの国の船か。
- いわゆる鎖国令の最初として、日本人の海外渡航は朱印状のほかに別の許可状を持つ船以外は禁止になった。その許可状と、それを持つ船のことを何というか。
- 鎖国を実質的に完成させた法令は、「かれうた」の来航を禁止したものだが、「かれうた」とはどこの国の船のことか。
- 1641年に、オランダ商館が、平戸から長崎港内につくられた扇形の埋立地に移され、鎖国体制が完成した。この埋立地を何というか。
- オランダ商館の医師として日本に滞在したドイツ人医師・博物学者で、帰国後に『日本誌』を著わした人物はだれか。
- 鎖国という言葉は、ケンペルが記した『日本誌』を翻訳する過程で、ある通詞がはじめて用いたとされている。このオランダ通詞はだれか。
- 鎖国体制の完成によって、日本との長崎貿易を許された国を2つあげよ。
- 1641年に、オランダ商館が、平戸から長崎港内につくられた扇形の埋立地に移され、鎖国体制が完成した。この埋立地を何というか。
- 鎖国の間、幕府がオランダ船入港のたびに提出させた海外事情の報告書を何というか。
- 16世紀前半まで中継貿易で発展した琉球王国は、後期倭寇やポルトガル船の進出により急速に衰退した。1609年に、この琉球王国を武力で征服した藩はどこか。
- 琉球王国は、国王の代がわりごとに就任を感謝する使節を江戸幕府に派遣したが、これを何というか。
- 琉球王国は、江戸幕府の将軍の代がわりごとにそれを奉祝する使節を幕府に派遣したが、これを何というか。
- 蝦夷ヶ島の和人居住地に勢力を持っていた蠣崎氏は、近世になって何と改称したか。
- 蝦夷地の松前氏は、交易対象地での交易権を家臣に与えることで主従関係を維持したが、この制度を何というか。
- 1669年に、アイヌの首長が松前藩と戦闘におよんだが、この戦いを何というか。
- 18世紀前半までには、多くのアイヌとの交易対象地は和人商人の請負となったが、この制度を何というか。
- 朝鮮との貿易は、1609年に、対馬の宗氏と朝鮮との間に通商条約が結ばれて始まった。この条約を何というか。
- 豊臣秀吉の出兵で絶えた朝鮮との国交が回復し、江戸に派遣されるようになった修好使節を何というか。
- 長崎郊外に設置した清国人の居住地を何というか。
- 南宋の朱熹が大成し、鎌倉時代にわが国に伝来し、五山の禅僧の間で発展した儒学を何というか。
- もと五山の相国寺の僧で、徳川家康に儒学を進講し、弟子を推薦したのはだれか。
- 藤原惺窩の弟子で徳川家康に仕え、さらに4代将軍徳川家綱の代まで将軍の侍講となり、また幕政にも参与した儒者はだれか。
- 3代将軍徳川家光が幕府の財力を投じて建立した、祖父家康をまつる華麗な霊廟を何というか。
- 日光東照宮は、本殿と拝殿とを相の間で結ぶという建築様式をとった代表的なものである。この様式を何というか。
- 後陽成天皇の弟が京都桂川のほとりに造営した、書院建築群と庭園で有名な別邸を何というか。
- 桂離宮の茶室風の建築様式を何というか。
- 江戸時代初期の幕府の御用絵師で、狩野派繁栄の基礎を築いた人物はだれか。
- 狩野探幽の門人で、庶民的な画題の作品を描いた絵師はだれか。
- 久隅守景の代表作をあげよ。
- 江戸時代初期の京都の絵師で、土佐派の画法をもとに、新しい絵の様式を生み出した人物をあげよ。
- 俵屋宗達の代表作で、ユーモラスな2神を描いた?風絵を何というか。
- 古典に通じ、蒔絵・陶芸・書道の諸分野で活躍した江戸時代初期を代表する芸術家はだれか。代表作は舟橋蒔絵螺鈿硯箱である。
- 肥前鍋島藩で始まった、釉をかけて高温で焼き、その上に模様や絵を描き、低温で焼く上絵付の技法を完成してその名を高めた磁器を何というか。
- 有田焼の上絵付の技法を完成させた人物をあげよ。
- 酒井田柿右衛門が生み出した技法を何というか。
- 俳諧の作成を推進したのは江戸時代初期の貞門派であったが、貞門派の祖といわれるのはだれか。
- 江戸時代初期に、婦人・子ども向きに絵が描かれ、平易に仮名文で書かれた短編小説を何というか。
- 江戸時代の職能にもとづく身分制を何というか。
- 賤民のうち、皮革処理や牢屋の牢番・行刑役などを主な生業とした者を何というか。
- 賤民のうち、村や町から排除され集団化をとげ、物乞い・遊芸・清掃などに従事した者を何というか。
- 1582年の山崎の合戦以来、全国統一の進行とともに実施された土地・人民の調査を何というか。
- 太閤検地と並行して行われた村の境を確定した政策を何というか。
- 石盛(斗代)に面積をかけて得られる土地の生産高を何というか。
- 江戸時代の百姓のなかで基本的な階層は、検地帳に登録された田畑屋敷を持ち、耕作に必要な用水権・入会権などを有する年貢負担者であった。この百姓を何というか。
- 検地帳に記載されず、田畑も所有せず、貢租も直接負担しない江戸時代の百姓を何というか。
- 江戸時代の多くの村は50戸前後の自然集落であった。領主はこれを行政単位として、村の役人を通じて村を支配したが、この村の役人を総称して何というか。
- 村方三役のうち、村の長を何というか。
- 村方三役のうち、名主などの村の長の補佐役を何というか。
- 村方三役のうち、村民代表を何というか。
- 江戸時代の田畑・屋敷地に対する本租で、本百姓が負担した税を何というか。
- 本年貢の税率は、はじめ米の収穫前に役人が派遣されて作柄を調査して定めた。この年貢率を決定する方法を何というか。
- 本年貢は、享保ころから豊凶に関係なく一定額の年貢を納入させるようになった。この方法を何というか。
- 江戸時代に本百姓が負担した税で、山林などからの収益や産物収入などを対象とした雑税を何というか。
- 朝鮮使節の往来費や治水工事など、国ごとに課された江戸時代の臨時の税を何というか。
- 江戸時代の税で、街道筋の村々の農民に課せられた公用交通の運送補助の負担を何というか。
- 本年貢は村高に一定の税率をかけて計算され、名主など村役人が責任者となって納めたが、このように村が責任を持って税を納めることを何というか。
- 江戸幕府は、年貢納入や治安維持などで連帯責任を負う、5戸1組を基本とした隣保組織を制度化したが、これを何とよぶか。
- 村では、田植えや屋根葺など一時に多くの人手を必要とする時は、お互いに助けあったが、これを何というか。
- 自治の規律を持つ村は、種々の約束事を決め、これに反するものに制裁を加えたが、交際を断つことを何とよんでいるか。
- 江戸幕府は本百姓の没落を防ぎ、年貢徴収高を維持するために、田畑の売買を禁止する法令を出した。この法令名をあげよ。
- 1673年に、零細農民の増加を防ぎ、年貢の確保のために土地の分割相続についての制限令を出した。これを何というか。
- 本田畑に五穀(米・麦・黍・粟・豆)以外の作物を栽培することを禁じた、江戸幕府の法令を何というか。
- 江戸時代、都市に住む商工階級の人たちを広く町人とよんだが、厳密には違いがあった。五人組を組織し、町政に参加できた町人を何というか。
- 長屋などに借屋住まいをし、家守(大家)の監督を受けたものを何というか。
- 土地を借り自分で家屋を建てて住んだ者を何というか。
- 1670年に完成した大規模な治水・灌漑工事で、芦ノ湖の水を富士山麓の深良村へ導いた用水を何というか。
- 江戸時代、検地済みの本田畑のほかに、新たに海浜の浅瀬・湖沼などを干拓するなどして耕地として造成することを何というか。
- 17世紀末から各地に見られた、有力な都市商人が資金を投下して大規模な治水工事などを行い、開発した新田を何というか。
- 本田畑に五穀(米・麦・黍・粟・豆)以外の作物を栽培することを禁じた、江戸幕府の法令を何というか。
- 尾張藩で藩が直轄する山林から伐り出された材木を商品化し、有名になったものはそれぞれ何か。
- 秋田藩で藩が直轄する山林から伐り出された材木を商品化し、有名になったものはそれぞれ何か。
- 江戸時代に本百姓が負担した税で、山林などからの収益や産物収入などを対象とした雑税を何というか。
- 灌漑用水の自主管理や山野などの共有地管理などがあったが、この村の共有地を何とよぶか。
- 16世紀以後に開発され、戦国大名の争奪が激しかった島根県の銀山を何というか。
- 16世紀後半に盛大に金が採掘され、明治時代には政府から三菱に払い下げられた新潟県の鉱山を何というか。
- 1690年に発見され、大坂泉屋(住友家)が経営した江戸時代最大の銅山を何というか。
- 戦国時代から活発化した全国的な商取引や海外貿易の発達を背景に、権力者と結んだ特権的商人が活躍した。これを何というか。
- 博多の商人の子で長崎に移住し、長崎代官もつとめた朱印船貿易家を何というか。
- 家康の命で銀座の創設に尽力、朱印船貿易でも活躍した摂津平野の商人を何というか。
- 朱印船貿易を行い、糸割符仲間としても活躍した京都嵯峨の商人で、富士・天竜・高瀬川などの水路開発にも貢献した人物はだれか。
- 江戸幕府の呉服師であり、朱印船貿易や糸割符仲間で巨利を得た京都の商人を何というか。
- 17世紀後半から全国の商品流通を支配し、生産者や荷主と仲買・小売商人の仲介をしたものを何というか。
- 江戸幕府が文治政治へ転換したのは、何という将軍の時か。
- 徳川家光の異母弟であり、山崎闇斎に朱子学を学び、藩政の刷新をはかった会津藩主はだれか。
- 17世紀半ばころに社会秩序が安定するなかで、社会に不満を持ち、秩序におさまらない人々もいたが、このような人々は一般的に何とよばれたか。
- 江戸幕府の文治政治への転換の契機となった牢人の不満による事件をあげよ。
- 4代将軍徳川家綱の時、牢人発生の原因となる大名の改易を減らすために緩和されたことは何か。
- 4代将軍徳川家綱の時、戦国時代の遺風をなくすためにとられた政策は人質(証人)の廃止と何か。
- 1657年、4代将軍徳川家綱の時におきた大火で、江戸城天守閣も焼失し、多額の復興経費が幕府財政窮迫の一因になったといわれる、死者10万人をだした大火を何というか。
- 陽明学者熊沢蕃山を登用し、儒学にもとづく藩政改革を行った岡山藩主はだれか。
- 池田光政が開いた郷学を何というか。
- 中江藤樹の弟子で、岡山藩主池田光政に招かれ治績をあげた陽明学者はだれか。
- 木下順庵、室鳩巣らの学者を招き、図書の収集につとめ、『東寺百合文書』の保存に尽力した加賀藩主はだれか。
- 藤原惺窩の弟子松永尺五に師事し、加賀藩主前田綱紀に仕え、のち5代将軍徳川綱吉の侍講(儒学の師)となった朱子学者はだれか。
- 江戸に彰考館を設けて『大日本史』の編纂を開始し、水戸学のもとをつくった水戸藩主はだれか。
- 徳川光圀の時、江戸藩邸の彰考館で編集が開始され、水戸藩の一大事業としてつづけられ、1906年に完成した歴史書を何というか。
- 徳川家光の子で、館林藩主から5代将軍に就任したのはだれか。
- 徳川綱吉の擁立に功があり、大老となったが、1684年に江戸城内で刺殺されたのはだれか。
- 徳川綱吉の館林時代からの側近で、文治政治を推進し、のちには大老格となった人物はだれか。
- 文治政治を推進した柳沢吉保の役職名をあげよ。
- 将軍徳川綱吉は林家が上野忍ヶ岡に設けた孔子廟と私塾を、学問所として江戸の別の場所に移したが、これを何というか。
- 将軍徳川綱吉に仕えた林家の人で、儒学を仏教から分離させたのはだれか。
- 林信篤以来、林家が世襲した幕府の役職名は何というか。
- 将軍徳川綱吉が出した極端な動物愛護令を何というか。
- 将軍徳川綱吉の華美な生活や多くの寺社造営による財政悪化に対し、悪貨への改鋳による差益を幕府の収入にする政策を進めた勘定吟味役はだれか。
- 荻原重秀の意見により、貨幣の改鋳をして発行された金銀貨を総称して何というか。
- 江戸幕府の6代将軍の名をあげよ。
- 江戸幕府の7代将軍の名をあげよ。
- 江戸幕府の6代・7代将軍の側用人をあげよ。
- 江戸幕府の6代・7代将軍の時、侍講として文治政治を展開した朱子学者はだれか。
- 新井白石が将軍徳川家宣に進講した日本通史の講義案で、独自の時代区分を行った歴史書を何というか。
- 新井白石の展開した政治を何というか。
- 正徳の治で、東山天皇の皇子を独立させ、新しい宮家を創立したが、この宮家を何というか。
- 正徳の治で、ある国の使節の待遇を簡素化したが、どこの国の使節か。
- 朝鮮図書をはじめとする対外図書に、それまで用いられた大君ではなく、新たに用いられた将軍の称号は何か。
- 新井白石は貨幣の改鋳を行い、家康時代と同質同量の良貨を発行したが、これらを何というか。
- 新井白石が1715年に出した、貿易の制限を行う法令を何というか。
- 茶・藍・木綿・たばこなど、販売することを目的として栽培された作物を何というか。
- 三草のうち、江戸時代には主に阿波国を主産地としたものは何か。
- 三草のうち、江戸時代には主に出羽国を主産地としたものは何か。
- 江戸時代前期の農学者で、中国の農書を学び、日本ではじめて本格的な農学書を著わしたのはだれか。
- 1697年に刊行された宮崎安貞の農学書名をあげよ。
- 江戸時代後期の農学者で、商品作物加工による農家の利と国益を論じた人物はだれか。
- 大蔵永常の著書として、約60種の作物の栽培法を述べた農書の名をあげよ。
- 大蔵永常の著書として、数十種の農具を図示し用法を記した農書の名をあげよ。
- 江戸時代に発明・改良された農具で、田の荒おこしや深耕のため考案されたものを何というか。
- 扱箸にかわって登場した脱穀具で、非常に能率的であったため“後家倒し”の異名をとったものを何というか。
- 手回しの翼でおこす風によって、籾がらや塵芥を箱外に飛ばす選別農具を何というか。
- 穀類を金網の上に流して、穀粒の大きさによってふるいわける選別農具を何というか。
- 干鰯・〆粕・油粕のように金銭で購入する肥料を総称して何というか。
- 江戸時代に土佐・志摩・薩摩・伊豆などで行われた釣漁は何か。
- 江戸時代に九十九里浜で行われた地曳網漁は何か。
- 17世紀末以降、清への主要な輸出品となった海産物を総称して何というか。
- 江戸時代の絹織物の産地について、京都の絹織物の産地名をあげよ。
- 西陣では高い腰かけに座り、足を上下に踏む操作で織る織機が使用され、やがて江戸時代後期には綿織物でも使われるようになった。この織機を何というか。
- 江戸時代の絹織物の産地について、現在の群馬県の絹織物の産地名を1つあげよ。
- 奈良地方名産の麻布を何というか。
- 麻織物のうち、越後小千谷地方でつくられたものを何というか。
- 漆器のうち、会津地方の名産である塗物を何というか。
- 摂津の灘・伊丹や山城の伏見などの名産品は何か。
- 醤油の名産地は房総地方に多いが、その産地名を2つあげよ。
- 江戸幕府は交通路の整備に力を入れたが、主要幹線路を総称して何というか。
- 五街道などの交通路を管理する江戸幕府の役職を何というか。
- 五街道などの本街道に対して、それ以外の街道を何とよぶか。
- 中山道の関所は木曽福島関とあと一つはどこか。
- 江戸時代の主要街道に設けられた、約4kmごとの路程標を何というか。
- 街道に荷物の輸送や宿泊のため、2~3里ごとに設けられたものを何というか。
- 宿駅(宿場)で荷物の輸送・書状の継送などの業務を扱った施設を何というか。
- 宿駅(宿場)に常備されている公用の馬を何というか。
- 宿駅(宿場)における大名宿を何とよんだか。
- 一般旅行者用の食事つき宿泊施設は何とよばれたか。
- 飛脚のなかで幕府公用のものを何というか。
- 町人が始めた飛脚を何というか。
- 朱印船貿易を行い、糸割符仲間としても活躍した京都嵯峨の商人で、富士・天竜・高瀬川などの水路開発にも貢献した人物はだれか。
- 東廻り海運・西廻り海運を17世紀後半に開いた商人はだれか。
- 東北の日本海沿岸より津軽海峡経由で太平洋を通り、江戸にいたる航路を何というか。
- 北陸方面より下関経由で瀬戸内海を経て、大坂にいたる航路を何というか。
- 大坂と江戸の間の航路を何というか。
- 17世紀初めより江戸と大坂を結ぶ航路に就航した廻船を何というか。
- 江戸・大坂間の定期船で、酒・酢の運送を主として始められ、のちに南海路の輸送の中心となった廻船を何というか。
- 江戸時代中期から明治前期にかけて、北海道や東北の物資を日本海各地に寄港し、下関を廻って大坂などに輸送した船を何というか。
- 江戸の荷受問屋が商品別に組織した組合は何か。
- 大坂の荷積問屋が商品別に組織した組合は何か。
- 18世紀から広まった問屋商人が原料・器具を家内生産者に前貸し、その生産物を買い上げる生産形態を何というか。
- 江戸や大坂などには、特定商品のみを取り扱う市場が立つようになったが、全国の米の値段を左右した大坂の市場を何というか。所在地名をつけて答えよ。
- 大坂と江戸の野菜・果実卸売市場をそれぞれ何というか。所在地名をつけて答えよ。
- 大坂と江戸の魚市場をそれぞれ何というか。所在地名をつけて答えよ。
- 徳川家康の時代に鋳造された良質の貨幣で、元禄時代に改悪されたものを総称して何というか。
- 徳川家光の時、1636年に鋳造された銭貨で、以後江戸時代を通じて鋳造された銭貨を何というか。
- 江戸時代の金貨の単位をあげよ。
- 江戸時代の金貨の単位は何進法か。
- 一定の純度と分量を持ち、一定の形に鋳造され、一定の価格が表示された貨幣を何というか。
- 江戸時代の銀貨は量目が不定で使用ごとに重さがはかられたが、このような貨幣を何というか。
- 小判や大判を鋳造し、また鑑定や封印などを行った後藤庄三郎が代々管轄した江戸幕府の鋳造所を何というか。
- 江戸時代の銀貨は大黒常是家が代々頭取としてその鋳造にあたったが、この鋳造所を何というか。
- 江戸時代の銭貨は民間請負のかたちで鋳造されたが、この鋳造所を何というか。
- 江戸時代に流通した貨幣に金貨・銀貨・銭貨があったが、これらを総称して何というか。
- 諸藩や旗本領内で発行・通用させた紙幣を総称して何というか。
- 江戸時代に三貨の交換や預金・貸付・為替・手形などを扱った商人を総称して何というか。
- 越後屋という呉服商などで財をなし、両替商にも従事するようになった江戸の商家をあげよ。
- 18世紀前半のころ、江戸の人口はどのくらいあったと推定されているか。<br>①約50万人②約150万人③約100万人④約70万人
- 江戸時代、全国経済の中心となったのは大坂であった。このため大坂はどのようによばれたか。
- 諸藩や旗本などが、年貢米や特産物を販売するために、大坂や江戸においた施設を何というか。
- 蔵屋敷に集められた米や特産物を総称して何というか。
- 諸藩や旗本などが徴収した貢租や専売品ではなく、一般商人の手を経て市場に出まわる商品を何というか。
- 蔵屋敷で蔵物の取引にたずさわる者を何というか。
- 蔵物の売却代金の出納にあたる者を何というか。
- 陶器のなかで、京都におこった陶磁器を総称して何というか。
- 5代将軍徳川綱吉の時代、幕政は安定し、経済発展を背景にはなやかで活気にあふれた町人文化が発達したが、この文化を何というか。
- 元禄期に上方を中心に町人社会の生活・風俗・世相などを写実的に描写した小説を何というか。
- 浮世草子の代表的作家をあげよ。
- 井原西鶴の第一作で、主人公世之介と遊女との生活を描いたものを何というか。
- 井原西鶴の作品で、金銭を追求する町人の喜怒哀楽をリアルに描いた町人物を何というか。
- 元禄のころ、さび・しおりなどを理念とする幽玄閑寂の俳諧を確立したのはだれか。
- 松尾芭蕉が東北・北陸地方へ旅行した時の俳諧紀行文の傑作を何というか。
- 元禄期に、人形浄瑠璃の脚本(戯曲)を書いたのはだれか。
- 近松門左衛門の浄瑠璃作品のうち、徳兵衛が遊女お初と心中する義理と人情を描いた世話物の作品を何というか。
- 人形浄瑠璃が元禄時代に最盛期を迎えたのは、諸流を集大成して新しい節付けの語りを行った語り手(音曲家)が出たことによる。この語り手はだれか。
- 元禄期を中心に活躍した江戸の歌舞伎俳優で、立廻りを主とする荒事を得意芸としたのはだれか。
- 元禄期を中心に活躍した上方の歌舞伎俳優で、恋愛を主とする和事の名人といわれたのはだれか。
- 南宋の陸象山に始まり、明の王陽明により大成された儒学を何というか。
- 南学派の儒者で、のちに吉川惟足の影響を受け、独自の神道を創始した人物はだれか。
- 山崎闇斎が創始した神道を何というか。
- 古学派をその著書で主張し、朱子学を批判して幕府によって赤穂に配流されたのはだれか。
- 山鹿素行が朱子学を批判し、古学を主張した書物を何というか。
- 京都の人で『論語』『孟子』などの原典にあたり、その批判を通じて直接聖人の道を正しく理解すべきであるとして、古義学を提唱したのはだれか。
- 伊藤仁斎・伊藤東涯の学塾を何というか。
- 古文辞学派の創始者はだれか。
- 荻生徂徠は将軍徳川吉宗の諮問に答えて、武士の土着のすすめや参勤交代制の弊害を説いた書物を著わしたが、これを何というか。
- 『経済録』を著わし、経世済民の問題を考察し、藩営専売の必要を説いた古文辞学派の学者はだれか。
- 本草学の初期の学者で、朱子学者としても独自の哲学を持ち、教育面でも業績を残したのはだれか。
- 貝原益軒の本草学に関する著書を何というか。
- 江戸時代前期の農学者で、中国の農書を学び、日本ではじめて本格的な農学書を著わしたのはだれか。
- 1697年に刊行された宮崎安貞の農学書名をあげよ。
- 和算の普及に業績を残した、江戸前期の人はだれか。
- 吉田光由の数学・そろばんの普及に功績のあった著書をあげよ。
- 日本独自の数学の大成者で、円周率や円の面積などにすぐれた研究を成しとげた人物をあげよ。
- 天文・暦学に通じ、5代将軍徳川綱吉の時、幕府の天文方に任じられたのはだれか。
- 渋川春海(安井算哲)はそれまで使用していた暦を修正し、元の暦をもとに新しい暦を作成したが、これを何というか。
- 『万葉集』の研究に専念し、徳川光圀の依頼で『万葉集』の注釈書を著わした僧侶はだれか。
- 契沖が著わした『万葉集』の注釈書を何というか。
- 幕府の歌学方にも任じられ、『源氏物語』や『枕草子』の平明な注釈書を著わし、作者の意図をありのまま知ろうとしたのはだれか。
- 北村季吟の『源氏物語』の注釈書をあげよ。『源氏物語湖月抄』
- 大和絵の絵師で、1654年に朝廷の絵所預となり、家を再興したのはだれか。
- 装飾的な画法を取り入れて、独自の構図と色彩を持つ作品を描いた京都の絵師・工芸家をあげよ。
- 元禄期のころから、美人や役者を題材とする風俗画が庶民の間に愛好され始めたが、この種の絵画を何というか。
- 浮世絵版画の祖といわれている絵師はだれか。
- 菱川師宣の代表的な肉筆美人画をあげよ。
- 上絵付の手法をもとに色絵を完成し、京焼の祖といわれるのはだれか。
- 野々村仁清に学び、装飾画的な美しい作品を残した陶工で、兄とともに画家でもあったのはだれか。
- 元禄のころ、京都の絵師が創始した花鳥山水模様の染物が大流行したが、この創始者はだれか。
