日本史 一問一答:平安時代
一問一答
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177問
- 光仁天皇に次いで即位し、都を大和国から山背国へ遷した天皇は誰か。
- 784年、遷都先となった都の名称は何か。
- 長岡京の造営を主導し、暗殺された人物は誰か。
- 藤原種継暗殺の罪を疑われ、非業の死を遂げた親王は誰か。
- 794年、遷都先となった都の名称は何か。
- 先代の光仁天皇の時、一度帰順した蝦夷が多賀城を落とす事態が生じた。この蝦夷は誰か。
- 兵士の質の低下をうけて軍団が廃止され、代わりに郡司の子弟や有力農民で編成された軍事組織は何か。
- 征夷大将軍として蝦夷平定に臨み、蝦夷の族長阿弖流為を降伏させた人物は誰か。
- 802年、坂上田村麻呂に築かれ、多賀城から鎮守府が移された城はどこか。
- 803年、坂上田村麻呂に築かれ、東北経営の前進拠点とされた城はどこか。
- 805年、桓武天皇に命じられ、2大事業について論議した2人の人物は誰か。
- 嵯峨天皇が即位すると、都の取り決めをめぐって平城太上天皇と対立した。平城に近づき、平城京への遷都を促した女性は誰か。
- 兄平城太上天皇との武力衝突に備え、嵯峨天皇が創設した役職の名称は何か。
- 嵯峨天皇の信任を得て、蔵人頭の役職に任命された藤原氏は誰か。
- 810年、遂に平城太上天皇が平城京への遷都を宣言すると、嵯峨天皇は迅速に兵を出して勝利をおさめた。この事件の名称は何か。
- 国司の不正増加に伴い、戸籍に記載する年齢や性別を偽る者が増加した。戸籍での偽りの記載の名称は何か。
- 桓武天皇に設置され、国司の交替に際した事務の引き継ぎを監督した役職の名称は何か。
- 国司の不正増加に伴い、国家財政の維持が困難になると、朝廷は直営方式による田を新たに設けた。823年、大宰府において設けられた直営方式の田の名称は何か。
- 国司の不正増加に伴い、国家財政の維持が困難になると、朝廷は直営方式による田を新たに設けた。879年、畿内において設けられた直営方式の田の名称は何か。
- 嵯峨天皇に設置され、平安京内の警察にあたった役職の名称は何か。
- 大宝律令制定後、社会の変化に応じて法令が出された。律令の規定を補足・修正する法令の名称は何か。
- 大宝律令制定後、社会の変化に応じて法令が出された。律令の規定の施行細則をする法令の名称は何か。
- 嵯峨天皇の命令で編纂された、格式の集成の名称は何か。
- 清和天皇の命令で編纂された、格式の集成の名称は何か。
- 醍醐天皇の命令で編纂された、格式の集成の名称は何か。
- 清原夏野らが編纂し、令の公式な解釈が載る解説書の名称は何か。
- 令に使われている単語の意味を惟宗直本がまとめた注釈書の名称は何か。
- 令に載らず、必要に応じて設けられた役職の名称は何か。
- 弘仁・貞観文化期に登場した2大仏教の特徴の1つは、教えの一部を外部に公開しないことである。このような仏教の宗派の総称は何か。
- 2大仏教の特徴の1つは、神聖視されている山を修行の場とすることである。やがて日本古来の山岳信仰と結びつき、平安時代末期に成立したものの名称は何か。
- 印を結んで呪文を唱え、仏の加護を祈る呪術の名称は何か。
- 唐からの帰国後に天台宗を確立した人物は誰か。
- 天台宗が修行の場とする中心の寺院(総本山)はどこか。
- 最澄の弟子である円仁・円珍によって、天台宗に密教が本格的に導入された。天台宗の密教の名称は何か。
- 唐からの帰国後に真言宗を確立した人物は誰か。
- 真言宗が修行の場とする中心の寺院(総本山)はどこか。
- 空海が嵯峨天皇から賜り、平安京での布教の場とした寺院(改名前は東寺)の名称は何か。
- 真言宗の密教の名称は何か。
- 1つの木材から像を彫っていく技法の名称は何か。
- 交互にうねる大小の波を使った法衣の表現法の名称は何か。
- 弘仁・貞観文化では、密教と関わりのある仏像が造られた。観心寺に安置される次の仏像の名称は何か。
- 仏教の教えや世界観などを視覚的に表現した絵画が描かれた。次の絵画の名称は何か。
- 園城寺に所蔵される次の絵画の名称は何か。
- 天皇の勅命で編纂された3つの漢詩集の名称は何か。
- 空海の漢詩文集の名称は何か。
- 景戒の漢文による説話集の名称は何か。
- 大学の科目のうち、中国の歴史・文学を学ぶ科目の名称は何か。
- 貴族の子弟の教育を目的に設けられた寄宿施設の総称は何か。
- 和気氏が設けた寄宿施設の名称は何か。
- 橘氏が設けた寄宿施設の名称は何か。
- 藤原氏が設けた寄宿施設の名称は何か。
- 在原氏が設けた寄宿施設の名称は何か。
- 空海がひらき、庶民の子弟に仏教・儒教の教育をおこなった施設の名称は何か。
- 唐様の能筆家「三筆」は誰か。
- 北家出身で、平安時代初期に嵯峨天皇の信任を得て台頭し、天皇家と姻戚関係を結んだ人物はだれか。
- 嵯峨天皇の信任を得て、藤原冬嗣は何という官職についたか。
- 藤原氏発展の一方で、他氏が没落する政治的事件が次々に発生するが、842(承和9)年に皇太子恒貞親王が廃され、伴・橘氏が失脚した事件を何というか。
- 承和の変で、謀反を企てたとして流罪になった人物で、三筆の一人はだれか。
- 天皇が幼少の期間に、その政務を代行する官職を何というか。
- 即位した幼少の天皇の外祖父として、皇族以外ではじめて摂政の官職に就任したのはだれか。
- 藤原良房が摂政に就任した時の天皇はだれか。
- 応天門が放火されたことからおこった事件を何というか。
- 左大臣源信を失脚させようとして応天門の放火事件をひきおこし、流罪になったのはだれか。
- 天皇の成人後に、その後見役として政務を執行する官職を何というか。
- はじめて関白に就任した人物はだれか。
- 藤原基経が884(元慶8)年に、実質的に関白の職に就任した時の天皇はだれか。
- 藤原基経を関白に任命する正式な詔が発せられたのは887(仁和3)年のことだが、この時の天皇はだれか。
- 888(仁和4)年、詔のなかで使われた語句をめぐり藤原氏が示威を行い、天皇は詔を取り消し、その起草者である橘広相を罰したが、この事件を何というか。
- 宇多天皇に重用され、のちに藤原氏により大宰府へ左遷された人物はだれか。
- 菅原道真が大宰府に左遷された時の藤原氏の代表者(氏の長者)はだれか。
- 菅原道真が大宰府に左遷された時の天皇はだれか。
- 10世紀前半に天暦の治という親政を行った天皇はだれか。
- 10世紀後半におきたある事件以降、摂政・関白は常置となり、藤原氏北家の勢力は不動のものとなったが、ある事件とは何か。
- 安和の変以降、摂政・関白が常置となったが、このような政治形態を何というか。
- 安和の変の時、藤原氏により失脚させられた醍醐天皇の皇子で、左大臣であった人物はだれか。
- 藤原北家の勢力が確立すると、摂政・関白はすべて藤原北家から出されるようになるが、この摂政・関白に任命される家柄を何というか。
- 4人の娘を皇后や皇太子妃とし、3人の天皇の外祖父となって栄華の絶頂をきわめた人物はだれか。
- 藤原道長の子で宇治殿とよばれ、後一条天皇以下3代の摂政・関白として、約50年間政権を握ったのはだれか。
- 男性貴族の正装の名称は何か。
- 女性貴族の正装の名称は何か。
- 庶民や武士などの装束の名称は何か。
- 貴族の住宅に用いられた白木造・檜皮葺の建築様式の名称は何か。
- 10~15歳の間におこなわれる男性貴族の成人式の名称は何か。
- 10~15歳の間におこなわれる女性貴族の成人式の名称は何か。
- 普段と変わったことが起きるとその吉凶を占い、一定期間特定の建物で謹慎することの名称は何か。
- 忌むべき方角を避けるために、他の方角で一泊してから目的地に向かうことの名称は何か。
- 9世紀中頃からの唐の衰退をみて、894年に遣唐使中止を建議した人物は誰か。
- 唐の滅亡の余波で、10世紀には大陸で国の興亡が次々と起こった。五大の諸王朝を経て中国を再統一した国はどこか。
- 唐の滅亡の余波で、10世紀には大陸で国の興亡が次々と起こった。中国東北部において渤海を滅ぼした国はどこか。
- 唐の滅亡の余波で、10世紀には大陸で国の興亡が次々と起こった。朝鮮半島において、新羅を滅ぼした国はどこか。
- かぐや姫の誕生・貴族の求婚失敗などを描く物語の名称は何か。
- 在原業平を主人公とし、和歌を主体とした短編からなる歌物語は何か。
- 11世紀初めに成立した大長編物語で、藤原氏全盛期の貴族社会を描写した物語文学の最高峰とされているものは何か。
- 土佐国で国司を務めていた紀貫之の日記の名称はなにか。
- 13歳で父の任地上総から帰京し、宮仕え・結婚・夫との死別などを回想録風に記した日記文学は何か。
- 一条天皇の皇后藤原定子に仕えた女性によって書かれた随筆をあげよ。
- 藤原道長が全盛期に、「此の世をば 我が世とぞ思ふ望月の かけたることも無しと思へば」という歌を詠んだことを伝える貴族の日記を何というか。
- 『小右記』の筆者は誰か。
- 905年に編纂された、最初の勅撰和歌集は何か。
- これまでの中国風の絵画にかわって、平安時代中期からおこってきた日本の風物を題材とする日本的な絵画を何とよぶか。
- 唐様に対する、日本風の書風の名称は何か。
- これまでの中国風の書風に対し、和様の書風が成立したが、その名手と称された人々を何とよぶか。
- 浄土教の教えの普及の背景には社会不安の増大とともに釈迦の死後から仏法が衰えやがて仏法が滅び天災地変が頻発するという仏教思想があった。この思想を何というか。
- 阿弥陀如来を信仰し来世の極楽往生を願う仏教の教えを何というか。
- 阿弥陀仏の姿を心に念じ特に南無阿弥陀仏ととなえることを何というか。
- 民間浄土教の始祖といわれ若いころより諸国をめぐり10世紀半ばには京の市中で人々に念仏をすすめた僧侶はだれか。
- 地獄・極楽のありさまを示す経文をひき極楽往生のために念仏をすすめ人々に大きな影響を与えた985年に成立した書物を何というか。
- 往生要集を著わした僧侶はだれか。
- 藤原道長が建立し壮麗を誇ったがのち火災で焼失した寺院を何というか。
- 平等院の本堂として1053年に建立された阿弥陀堂を何というか。
- 浄土教の流行により阿弥陀如来像が盛んに制作されるようになったがこの時期に完成した仏像彫刻の手法を何というか。
- 寄木造の仏像彫刻の手法を完成したとされる仏師はだれか。
- 臨終に際して往生を願う人を迎えるために阿弥陀如来が来臨するありさまを描いた絵を何というか。
- 神仏習合の風がますます進むにつれて在来の神々は仏が人間を救うためにかりに形をかえて現われたものとする思想が生まれたがこれを何というか。
- 御霊信仰にもとづく法会や祭礼を何というか。
- 10世紀初め、醍醐天皇のもとで違法な土地所有を禁ずる法令が出されたが、これを何というか。
- 意見封事十二箇条を醍醐天皇に提出した律令官人はだれか。
- 律令制の地方官で、中央から派遣され、国の行政・警察・司法をつかさどる官職を何というか。
- 平安時代中期以降の公領(国衙領)の税で、主に租米にあたるものは何か。
- 平安時代中期以降の公領(国衙領)の税で、主に労役にあたるものは何か。
- 名の耕作請負人である有力農民を何とよんだか。
- 現地に赴任して国の実務をとる国司のうち、最上席の者を何というか。
- 受領には、強欲で私腹をこやす者が多かったが、その悪政を31カ条にわたって朝廷に訴え、国司の罷免を求めた訴状が988(永延2)年に出されている。これを何とよんでいるか。
- 尾張国郡司百姓等解で訴えられ、その結果解任された国司はだれか。
- 『今昔物語集』のなかで、「受領は倒るるところに土をつかめ」という国司の強欲さをあらわす有名な一節があるが、この受領はだれか。
- 律令体制のゆるみから売位・売官が盛んとなったが、私財を出して朝廷の財政や寺社の造営を助け、その代償として収入の多い国司などの官職を得ることを何というか。
- 成功の一種で、一定の財物を官に納め、任期満了後に同一の国司などの官職に再任されることを何というか。
- 国司に任じられても現地に赴任せず、国司としての収入のみを得ることを何というか。
- 遙任のかわりに、任地に派遣される役人を何というか。
- 国司不在の国衙のことを何というか。
- 国衙で実務をとった、大名田堵などの地方豪族から選ばれた現地の役人のことを何というか。
- 未開墾の土地を私力でひらき所有した者たちの名称は何か。
- 開発領主は受領による税の取り立てを回避するため、より権力の強い貴族・寺社に土地を納め、表面上所有してもらった。この行為の名称は何か。
- 寄進の結果として、開発領主が貴族・寺社から任じられた役職の総称は何か。
- 開発領主は土地にかかる税の負担を逃れようとして、土地を中央の権力者(権門勢家)に寄進するようになるが、こうして成立した荘園を何というか。
- 荘園の寄進を受けて領主権を得た貴族や寺社など、中央の権力者のことを何というか。
- 荘園が領家からさらに上級の有力者に寄進された時、その上級の領主のことを何というか。
- 荘園領主がその地位を利用して獲得した、租税免除の特権を何というか。
- 中央政府から正式に文書が交付されて、不輸を認められた荘園を何とよぶか。
- 国司の裁定による許可証(免判)によって、租税の免除を認められた荘園を何というか。
- 国司が国内の耕地を調査し、税額を定めるために派遣した役人を何というか。
- 荘園領主がその権威によって獲得した、国衙の役人の立入りやさらには警察権の介入をも拒否する権利を何というか。
- 内乱などに際して、地方の武士と兵士を統率して鎮圧にあたった者を何というか。
- 盗賊や反乱者を捕えるために中央から派遣された者を何というか。
- 桓武平氏の一族で、下総の猿島を本拠とし、一族間の争いから、やがて中央政府への反乱をおこすにいたった人物はだれか。
- 平将門は、常陸・下野・上野の国府を攻め落とし、関東の大半を征服して、ある称号を名乗ったがその名称をあげよ。
- 平将門の乱を鎮圧した関東の武士は藤原秀郷ともう一人をあげよ。
- もと伊予国司で伊予の日振島を根拠に瀬戸内海の海賊を率いて乱をおこし、伊予の国府や大宰府を襲った人物はだれか。
- 藤原純友の乱を鎮圧した人物の1人で、清和源氏の祖となった人物はだれか。
- 藤原純友の乱は平将門の乱と同じころにおこったが、この2つの乱を当時の年号をとって何とよぶか。
- 地方政治の混乱と治安の乱れから武装するようになった、地方豪族や有力農民などの戦闘組織の集団を何というか。
- 統率者のもとで武士の集団を構成する同族のことを何というか。
- 統率者のもとで武士の集団を構成する従者のことを何というか。
- 中小の武士団を統合した大武士団の統率者を何というか。
- 大武士団の統率者の代表的な例で、桓武天皇の流れを何というか。
- 大武士団の統率者の代表的な例で、清和天皇の流れを何というか。
- 武士は、やがて公的な地位にも就任するようになるが、10世紀以降、上京して宮中の警備にあたった者を何というか。
- 1019年に、中国の沿海州地方の民族が対馬・壱岐・九州北部を襲うという事件がおこったが、これを何というか。
- 刀伊の入寇の時、大宰府の官人を率いて奮戦し、これを撃退した大宰権帥はだれか。
- 清和源氏は摂関家と結んで勢力をのばした。969年、安和の変で密告をおこなった源経基の子は誰か。
- 1028年、国司ともめて房総半島で乱を起こした人物は誰か。
- 平忠常の乱を鎮圧した人物は誰か。
- 奥羽地方を舞台に、1051~1062年にかけて起こった合戦の名称は何か。
- 前九年合戦で、安倍氏鎮圧にあたった源頼信の子は誰か。
- 奥羽地方を舞台に、1083~1087年にかけて起こった合戦の名称は何か。
- 後三年合戦で、清原氏に加担した源頼義の子は誰か。
- 後三年合戦で、奥州藤原氏の祖となった人物は誰か。
- 11世紀後半、藤原氏と外戚関係をもたない天皇が即位した。この天皇は誰か。
- 後三条天皇は、出自を問わずに学識に優れた人材を採用した。これにより活躍した大江氏は誰か。
- 後三条天皇は、日本全国にわたる共通の枡(体積を計量する容器)を制定した。この枡の名称は何か。
- 後三条天皇に出された荘園整理令の名称は何か。
- 延久の荘園整理令では、ある機関を設けて荘園の審査にあたらせた。この機関の名称は何か。
- この頃一国内の行政区分が再編成された。公領の横並びとなった行政区分を3つ挙げよ。
- 11世紀後半、名の経営権を貸与された有力農民は何と呼ばれたか。
- 11世紀後半から、荘園・公領が同じ構造で管理・経営・耕作された。この体制の名称は何か。
- 11世紀後半、名ごとにかかる税の種類が再編成された。米・絹布を納める税の名称は何か。
- 11世紀後半、名ごとにかかる税の種類が再編成された。炭・野菜などの特産物を納入する税の名称は何か。
