日本史 一問一答:奈良時代
一問一答
- 各問の問題文をタップ(あるいはクリック)すれば、解答が表示されます。
196問
- 山背大兄王を滅ぼした人物は誰か。
- 蘇我入鹿が山背大兄王を滅ぼした時、即位中の天皇は誰か。
- 645年、蘇我入鹿を暗殺、その父蝦夷を自殺に追い込んだ事件の名称は何か。
- 皇極天皇に次いで即位した天皇は誰か。
- 孝徳天皇の下では、大臣が廃止され、新たな政治組織が成立した。唐の諸制度を輸入し、制度化するための政治顧問の名称は何か。また、この政治顧問に任じられた2人の人物は誰か。
- 646年、唐制に基づく改新の基本政策を明示するため、孝徳天皇が出した詔の名称は何か。
- 公地公民制で廃された、ヤマト政権の直轄地の名称は何か。
- 公地公民制で廃された、豪族の私有地・私有民の名称はそれぞれ何か。
- 私有地・私有民の廃止の代わりとして、新たに支給されることになった給与の名称は何か。
- 645年に飛鳥板蓋宮からの遷都先に決まり、652年に完成した宮殿の名称は何か。
- 孝徳天皇の御代である647年に、現在の新潟県に設置された城柵の名称は何か。
- 648年、現在の新潟県に設置された城柵の名称は何か。
- 孝徳朝の諸改革の呼称は何か。
- 大化改新から大宝律令施行(701年)までの行政区域で、藤原京跡出土の木簡によりその存在が確認された単位は何か。
- 孝徳天皇の没後、即位した天皇は誰か。
- 斉明天皇の御代において、津軽方面の蝦夷を討った人物は誰か。
- 660年、唐・新羅の連合軍により滅ぼされた国はどこか。
- 663年、倭国が唐・新羅連合軍に敗れた戦いの名称は何か。
- 668年、唐・新羅連合軍に滅ぼされた国はどこか。
- 白村江の戦い後、倭国は防衛政策を進めた。九州に配備された兵の名称は何か。
- 白村江の戦い後、倭国は防衛政策を進めた。大宰府の北西に構築された堤の名称は何か。
- 667年、中大兄皇子が遷都先とした宮殿の名称は何か。
- 遷都後の668年、中大兄皇子は即位して何天皇になったか。
- 668年、中臣鎌足らが編纂したとされる令の名称は何か。
- 669年、中臣鎌足が臨終の際に天智天皇から賜った氏は何か。
- 670年に作成された戸籍の名称は何か。
- 天智天皇の死後、皇位継承をめぐる戦いが起きた。天智天皇の子で、戦いに敗れた人物は誰か。
- 天智天皇の死後、皇位継承をめぐる戦いが起きた。天智天皇の弟で、美濃を本拠地として戦い、天智天皇の子を倒したのは誰か。
- 天智天皇の死後、皇位継承をめぐる戦いが起きた。672年に起きたこの戦いの名称は何か。
- 壬申の乱の後、大海人皇子が遷都先とした宮殿の名称は何か。
- 673年、大海人皇子は即位して何天皇となったか。
- 684年、整理再編された姓の総称は何か。
- 7世紀後半、天武朝の頃に鋳造された銅銭で、和同開珎に先行するものの名称は何か。
- 天武天皇の皇后で、天武の没後に即位した天皇は誰か。
- 天武天皇が編集を命じ、689年、持統天皇の御代に施行された令の名称は何か。
- 690年に作成された戸籍の名称は何か。
- 天武朝から造営が始まり、694年、持統天皇が遷都した都の名称は何か。
- 飛鳥文化に続く、7世紀後半~8世紀初頭の文化の名称は何か。
- 藤原京に造られた寺院で、後に移築および大安寺と改称された寺院の名称は何か。
- 天皇が皇后の病気平癒を祈り、藤原京に造られた寺院で、後に移築された寺院の名称は何か。
- 法隆寺に安置され、光明皇后の母の<ruby>念持仏<rt>ねんじぶつ</rt></ruby>と伝えられる仏像の名称は何か。
- 法隆寺に安置され、悪い夢を見たときに祈ると吉夢に変えてくれるとされる仏像の名称は何か。
- 薬師寺東院堂に安置される白鳳文化の仏像の名称は何か。
- 薬師寺金堂に安置される白鳳文化の仏像3体の総称は何か。
- 下図は、興福寺で発見された薬師如来像頭部である。この頭部は本来薬師如来像のものであった。その如来像が安置されていた寺院の名称は何か。また、その寺院を創建したのは誰か。
- 1949年に焼損した下図の壁画は、どこの寺院のものか。
- 高句麗の古墳壁画の影響を受け、壁画に四神や女性群像が描かれる古墳の名称は何か。
- 漢字のもつ意味とは関係なく、漢字の音・訓をかりて日本語の音を表記するのに用いた文字(漢字)の名称は何か。
- 壬申の乱後、天武天皇は神格を付与された大王として扱われた。和歌「大君は神にしませば天雲の雷の上にいほらせるかも」を詠んだ人物は誰か。
- 白村江での大敗後、倭国は法体系の整備を急いだ。今日の刑法にあたる、中国にならった古代の法の名称は何か。
- 白村江での大敗後、倭国は法体系の整備を急いだ。今日の行政法などにあたる、中国にならった古代の法の名称は何か。
- 701年に成立した法典の名称は何か。
- 701年に成立した法典編纂の総裁となった人物は誰か。
- 鎌足の子で、701年成立の法典編纂に参画した人物は誰か。
- 律令に基づいて中央組織が編成された。律令官制における最高官庁の名称は何か。
- 律令に基づいて中央組織が編成された。神祇祭祀とつかさどる機関の名称は何か。
- 律令に基づいて中央組織が編成された。役人の監察をつかさどる機関の名称は何か。
- 律令に基づいて中央組織が編成された。京・宮中の警護を主な任務とする軍事組織の名称は何か。
- 律令に基づく中央組織で、左弁官傘下の組織は下図のように表せる。図中Aに該当し、民政・租税をつかさどる省の名称は何か。
- 律令に基づく中央組織で、左弁官傘下の組織は下図のように表せる。図中Bに該当し、外交事務をつかさどる省の名称は何か。
- 律令に基づく中央組織で、左弁官傘下の組織は下図のように表せる。図中Cに該当し、文官の人事をつかさどる省の名称は何か。
- 律令に基づく中央組織で、左弁官傘下の組織は下図のように表せる。図中Dに該当し、詔書の作成をつかさどる省の名称は何か。
- 律令に基づく中央組織で、右弁官傘下の組織は下図のように表せる。図中Aに該当し、宮中の事務をつかさどる省の名称は何か。
- 律令に基づく中央組織で、右弁官傘下の組織は下図のように表せる。図中Bに該当し、国庫の管理をつかさどる省の名称は何か。
- 律令に基づく中央組織で、右弁官傘下の組織は下図のように表せる。図中Cに該当し、裁判をつかさどる省の名称は何か。
- 律令に基づく中央組織で、右弁官傘下の組織は下図のように表せる。図中Dに該当し、軍事をつかさどる省の名称は何か。
- 大宝律令以降の、3段階から成る行政区分は何か。
- 大宝律令以降の、3段階から成る行政区分の官吏の名称をそれぞれ答えよ。
- 諸国の中心地で、国司が政務を執る施設が置かれた都市の名称は何か。
- 郡司が政務・儀礼をおこなう役所の名称は何か。
- 要地には諸国と異なる機関が設置された。要地である京に置かれ、左京・右京の市の管理を担当した役職の名称は何か。
- 要地には諸国と異なる機関が設置された。要地である摂津国に置かれ、民政を担当した機関の名称は何か。
- 要地には諸国と異なる機関が設置された。要地である九州に置かれ、諸国の統治・防衛にあたった機関の名称は何か。
- 古代の地方区分は「五畿七道」と表現される。「五畿」と総称される5つの国はどこか。
- 古代の地方区分は「五畿七道」と表現される。「七道」と総称される7つの地方の名称はそれぞれ何か。
- 大宝律令に基づき、三十階から成る位階制度が整えられた。位階ごとに任じられる官職を定めた制度の名称は何か。
- 大宝律令に基づき、三十階から成る位階制度が整えられた。父・祖父の位階に応じて、子孫に一定の位階が与えられる制度の名称は何か。
- 大宝律令に基づき、司法制度が整えられた。天皇・国家・尊属に対する7種の罪の総称は何か。
- 台帳に記載する基本単位は戸である。50戸ごとに置かれた行政区分を管理した役職名を答えよ。
- 律令では6年ごとに作成され、人民登録・氏姓確認の基本台帳の名称は何か。
- 調・庸などを徴収するために、毎年作成された台帳の名称は何か。
- 大宝律令に基づき、身分制度が整えられた。賎民に対比される身分の者の名称は何か。
- 大宝律令に基づき、身分制度が整えられた。賎民に該当する官有の「陵戸・官戸・公奴婢」、私有の「家人・私奴婢」の総称は何か。
- 古代の土地区画制の名称は何か。
- 6歳以上の男女に田地を班給する制度の名称は何か。
- 6歳以上の男女に班給された田地の名称は何か。
- 6歳以上の良民男性に班給された口分田の広さはどれくらいか。
- 6歳以上の良民女性に班給された口分田の広さはどれくらいか。
- 太政大臣などに支給された不輸租田の名称は何か。
- 五位以上の位階をもつ者に与えられる輸租田の名称は何か。
- 21~60歳の男の名称は何か。
- 郷土の特産物を一定量納める税の名称は何か。
- 京での労役(歳役)10日、または布2丈6尺を納める税の名称は何か。
- 国内の土木工事などを最大60日担う税の名称は何か。
- 男女問わず、口分田1段につき稲2束2把を納める税の名称は何か。
- 諸国に設置された兵士の集団の名称は何か。
- 宮都警備の兵士の名称は何か。
- 九州警備の兵士の名称は何か。
- 地方の財源確保のために稲や粟を貸し付け、利息5割で納入させた税の名称は何か。
- 調・庸などの貢納物を中央へ運搬する労働者の名称は何か。
- 710年、藤原京から奈良北部の都に遷都した。この都の名称は何か。
- 都に碁盤の目状に小路を通す区画整理の名称は何か。
- 下図は平城京の略図である。都の中央を南北に走る大路(斜線部分)の名称は何か。
- 下図は平城京の略図である。朱雀大路を境として、都の西側(A)の名称は何か。
- 下図は平城京の略図である。朱雀大路を境として、都の東側(B)の名称は何か。
- 都の市を監督した機関の名称は何か。
- 708年、唐にならい鋳造された貨幣の名称は何か。
- 和同開珎よりも早く、天武朝の頃に鋳造された銅銭の名称は何か。
- 和同開珎の鋳造以降、10世紀半ばまで鋳造された12種の貨幣の総称は何か。
- 12種の貨幣のうちで、最後に鋳造された貨幣の名称は何か。
- 貨幣流通を促進するために、一定額の銭貨と交換に位階を与えるとした法令の名称は何か。
- 日本が唐へ派遣した使節の名称は何か。
- 717年、遣唐使に同行して唐に留学し、帰国後は橘諸兄に重用された2人の人物は誰か。
- 717年、遣唐使に同行して入唐し、玄宗皇帝に仕えて、唐の地で客死した人物は誰か。
- 朝鮮半島西岸部を進む遣唐使の航路の名称は何か。
- 8世紀初頭以降、遣唐使の航路は変更された。どの国との関係悪化が、航路変更の要因か。
- 8世紀初頭以降、遣唐使の航路は変更された。変更後の航路の名称は何か。
- 698年、靺鞨族と高句麗遺民により建国された国はどこか。
- 741年、聖武天皇が諸国に建てさせた寺の名称は何か。
- 国分寺と同時に建てられた尼の住む寺の名称は何か。
- 都を中心に七道の諸地域へ延びる道の名称は何か。
- 官道の30里(約16㎞)ごとに設置された施設の名称は何か。
- 東北地方の在地の人々に対する政府の呼称は何か。
- 7世紀半ば、日本海側に城柵が設けられた。647年に設けられた城柵の名称は何か。
- 7世紀半ば、日本海側に城柵が設けられた。648年に設けられた城柵の名称は何か。
- 658~660年の間、津軽方面の蝦夷を討ち、また白村江の戦いにも従軍した人物は誰か。
- 712年、越後北部と陸奥の一部を割いて設置された国の名称は何か。
- 724年に太平洋側に築かれ、陸奥国の国府と鎮守府が置かれた城柵の名称は何か。
- 南九州の在地の人々に対する政府の呼称は何か。
- 8世紀、現在の鹿児島県の西半部に設置された国の名称は何か。
- 713年、現在の鹿児島県の東半部に設置された国の名称は何か。
- 718年、藤原不比等らにまとめられた律令の名称は何か。
- 藤原不比等の没後(720年)、政治の中心に躍り出た人物は誰か。
- 723年、開墾奨励を目的に施行された法令の名称は何か。
- 藤原不比等の4人の息子(藤原四子)は、長屋王と政権をめぐって争った。藤原南家の祖となる人物は誰か。
- 藤原不比等の4人の息子(藤原四子)は、長屋王と政権をめぐって争った。藤原北家の祖となる人物は誰か。
- 藤原不比等の4人の息子(藤原四子)は、長屋王と政権をめぐって争った。藤原式家の祖となる人物は誰か。
- 藤原不比等の4人の息子(藤原四子)は、長屋王と政権をめぐって争った。藤原京家の祖となる人物は誰か。
- 729年、藤原四子が長屋王を自殺に追い込んだ事件の名称は何か。
- 天然痘で藤原四子が相次いで病死した後、藤原氏を抑えて政権を握った人物は誰か。
- 遣唐使に同行した留学生・学問僧で、橘諸兄および聖武天皇に重用された2人の人物は誰か。
- 740年、橘諸兄の排除を目的とした乱の名称は何か。
- 藤原広嗣の乱をうけて、聖武天皇が741年に出した詔の名称は何か。
- 藤原広嗣の乱をうけて、橘諸兄は聖武天皇に遷都を勧めた。遷都先となった都の名称は何か。
- 恭仁京に遷都が決まった後、聖武天皇の関心は別の場所に向き、天皇は各地を転々とした。742年に造営した離宮(皇居以外の地に定められた宮殿)の名称は何か。
- 恭仁京に遷都が決まった後、聖武天皇の関心は別の場所に向き、天皇は各地を転々とした。紫香楽宮で聖武天皇が出した詔の名称は何か。
- 743年、開墾奨励を目的に施行された法令の名称は何か。
- 墾田永年私財法により、貴族・寺院は大規模な田地を開墾・所有した。この様な田地の名称は何か。
- 聖武天皇の娘で、父に次いで即位した天皇は誰か。
- 東大寺に造立され、今日「奈良の大仏」として知られる仏像の名称は何か。
- 橘諸兄の辞職後、政治の中心に躍り出た人物は誰か。また、藤原四家のうち、どの家の出身か。
- 聖武天皇の皇后であり、藤原仲麻呂の後ろ盾となった人物は誰か。
- 757年、藤原仲麻呂が施行した律令の名称は何か。
- 757年、藤原仲麻呂の打倒を図る者が一斉に逮捕された事件の名称は何か。
- 藤原仲麻呂に擁立され、孝謙天皇に次いで即位した天皇は誰か。
- 淳仁天皇の即位日に、藤原仲麻呂が賜った名は何か。
- 孝謙太上天皇の看病を担当し、後にその寵愛をうけた人物は誰か。
- 孝謙太上天皇は淳仁天皇の権限を制限したため、藤原仲麻呂は苦境に立たされた。764年、藤原仲麻呂による挙兵事件の名称は何か。
- 淳仁天皇の廃位後、即位した天皇は誰か。
- 称徳天皇の寵愛をうけた道鏡は異例の出世を遂げた。766年に道鏡が与えられ、地位は皇太子に準じる称号は何か。
- 769年に起こった、道鏡への皇位継承をめぐる事件の名称は何か。
- 道鏡の皇位継承を告げた神託を確認するために派遣され、神託が偽りだと報告した人物は誰か。
- 道鏡への皇位継承反対派として宇佐八幡信託事件で暗躍し、光仁天皇を擁立した藤原式家の人物は誰か。
- 藤原百川に擁立され、称徳天皇に次いで即した天皇は誰か。
- 役人が貧しい農民に生活を問い、農民がそれに答える場面を詠んだ和歌の名称は何か。また、その詠み手は誰か。
- 律令制下では、農民が税負担を嫌がり、正当な理由なくして戸籍に登録された土地を離れることが多かった。本籍地を離れ、納税を怠る行為の名称は何か。
- 律令制下では、農民が税負担を嫌がり、正当な理由なくして戸籍に登録された土地を離れることが多かった。本籍地を離れるが、別の地にて納税をおこなう行為の名称は何か。
- 許可なしで私的に出家を宣言した僧の名称は何か。
- 唐から戒律を伝えるために渡日した人物は誰か。
- 夫が妻の家を訪れるだけで、同居しない婚姻様式の名称は何か。
- 712年に成立した史書の名称は何か。
- 『古事記』の史書編纂に際して、「帝紀」「旧辞」を誦した人物は誰か。
- 稗田阿礼の人物が誦するところを筆録した人物は誰か。
- 720年に成立した、現存する日本最古の正史の名称は何か。
- 『日本書紀』の正史編纂の中心人物は誰か。
- 『日本書紀』から『日本三代実録』までの、6つの正史の総称は何か。
- 713年に、諸国の国司が編纂を命じられた地誌の名称は何か。
- 7世紀後半以降の漢詩を収録する、日本最古の漢詩集の名称は何か。
- 石上宅嗣が設けた図書施設の名称は何か。
- 8世紀中頃までの和歌を収録する、日本最古の和歌集の名称は何か。
- 『万葉集』には、宮廷の歌人以外の和歌も収録される。東国(三河以東)から集められた和歌の名称は何か。
- 『万葉集』には、宮廷の歌人以外の和歌も収録される。兵役で九州に向かう防人が詠んだ和歌の名称は何か。
- 教育機関は大宝律令に従って整えられた。式部省の管轄の下で、中央(都)に置かれた教育機関の名称は何か。
- 教育機関は大宝律令に従って整えられた。国司の管轄の下で、地方(各国)に置かれた教育機関の名称は何か。
- 大学には、今日と同様に教科があった。中国の漢詩・歴史を学ぶ教科の名称は何か。
- 奈良仏教の6学派の総称は何か。
- 戒律を伝えるために、唐から数度の航海を経て日本に渡った僧は誰か。
- 南都六宗のうちで、鑑真を開祖とする学派の名称は何か。
- 民間に仏教を布教して政府の弾圧を受けたが、後に政府の要請で大仏造営に協力した僧は誰か。
- 日本古来の神祇信仰と仏教が接触混淆した結果、それらの一体化をしようとした宗教思想・現象の名称は何か。
- 原型の上に麻布を幾重にも漆で固め、あとで原型を抜き取った像の名称は何か。
- 木を芯として粘土を塗り固めた像の名称は何か。
- 東大寺法華堂に安置される次の仏像(図中の中央)の名称は何か。
- 興福寺に安置される次の仏像の名称は何か。
- 善行を積むことで自らに福徳を生むという仏教思想は、社会事業促進に繋がった。光明皇后が建てさせた、孤児・貧しい人などを収容する施設の名称は何か。
- 善行を積むことで自らに福徳を生むという仏教思想は、社会事業促進に繋がった。光明皇后が建てさせた、怪我・病気を治療する施設の名称は何か。
