日本史 一問一答:室町時代
一問一答
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227問
- 光明天皇の即位後、足利尊氏が幕府の政治方針を示すために発布した法令の名称は何か。
- 建武式目発布で、事実上成立した幕府の名称は何か。
- 1338年、足利尊氏が就任した官職は何か。
- 初期の幕府は二頭政治であった。軍事指揮を担当する足利尊氏に対して、民事裁判を担当した人物は誰か。
- 足利直義と対立した人物の名前および役職名は何か。
- 1350年から始まった幕府の内部抗争の名称は何か。
- 楠木正成・新田義貞の戦死後、南朝は誰を中心に抗争を続けたか。
- 約60年続いた南北朝の対立は、将軍が誰の頃に収束に向かったか。
- 1392年の南北朝の合体は、南朝の天皇が皇位を放棄する形で実現した。この天皇は誰か。
- 南北朝の合体で、皇位が正統であると認められた天皇は誰か。
- 南北朝の動乱で、守護は様々な権限を獲得していった。従来から守護がもつ基本的権限の総称は何か。
- 田地をめぐる紛争時、所有権を主張して稲を一方的に刈り取る実力行為は何と呼ばれるか。
- 南北朝の動乱で守護が新たに獲得した、幕府の判決を強制執行する権限の名称は何か。
- 南北朝の動乱で、守護は国内の荘園・公領から年貢の半分を徴発する権限を獲得した。この権限を認めた法令の名称は何か。
- 半済令の適用範囲は、当初争乱が激しかった3国に限定された。この3国はどこか。
- 守護の力が増大したことをうけ、荘園・公領では、年貢徴収を守護に請け負わせるようになった。このことの名称は何か。
- 国司の権限を奪って国全体の支配権を握る、職の世襲をおこなうなど、守護は鎌倉時代と比べてその性格を変えた。鎌倉時代の守護と区別するため、室町時代の守護は何と呼ばれるか。
- 従来地頭が及ぼしていた土地への影響は、次第に守護に奪われ、地頭は鎌倉時代と比べてその性格を変えた。室町時代以降、地頭であった人々は何と呼ばれるようになったか。
- 性格を変えた地頭、つまり国人は守護に家臣として仕えたり、時には国人同士で徒党を組み、守護に敵対したりした。<br>国人が徒党を組んで起こす抵抗運動の名称は何か。
- 南北朝の動乱のなかで、足利義満は北朝から様々な権限、特に税の徴収権を接収していった。諸国の田地1段別に、臨時で徴収する税の名称は何か。
- 南北朝の動乱のなかで、足利義満は北朝から様々な権限、特に税の徴収権を接収していった。諸国の戸別に、その棟数に応じて臨時で徴収する税の名称は何か。
- 九州における南朝の勢力を平定した人物は誰か。
- 1390年、足利義満は美濃・尾張・伊勢に支配を及ぼす守護を討伐した。この討伐事件の名称は何か。
- 1391年、「六分一殿」と称された守護が討伐された。「六分一殿」と称された守護の名前、および討伐事件の名称は何か。
- 1399年、海上勢力を誇った守護が討伐された。この守護の名前、および討伐事件の名称は何か。
- 室町幕府の中央機関の1つで、将軍の補佐、および侍所・政所など諸機関の統括を務めた役職の名称は何か。
- 管領は「三管領」と総称された3氏が交代で務めた。3氏をすべて挙げよ。
- 侍所の長官「所司」は、4氏が交代で務めた。これら4氏は何と総称されるか。
- 「四職」と総称された4氏をすべて挙げよ。
- 原則的に守護は京都に滞在して幕政に務めた。守護に代わって任国を統治した役職の名称は何か。
- 室町幕府の地方機関の1つで、鎌倉に置かれた機関の名称は何か。
- 鎌倉府の長官の名称、および初代長官の名前は何か。
- 鎌倉公方の補佐官の名称は何か。また、補佐官は何氏に世襲されたか。
- 幕府の直轄軍の名称は何か。
- 将軍の直轄領の名称は何か。
- 室町幕府の財政基盤の1つで、停泊する船あるいは積荷に対して徴収された税の名称は何か。
- 室町幕府の財政基盤の1つで、交通の要所(に設置された関所を通過する人馬や船、荷物などに対して徴収した税の名称は何か。
- 室町幕府の財政基盤の1つで、質屋と高利貸を兼ねる業者から徴収した営業税の名称は何か。
- 室町幕府の財政基盤の1つで、酒造業と高利貸を兼ねる業者から徴収した営業税の名称は何か。
- 14世紀中頃から、中国大陸・朝鮮半島の沿岸で略奪行為に及んだ海賊集団の名称は何か。
- 1325年、鎌倉幕府が元に貿易船を派遣したのは、何という寺院の修造費調達が目的か。
- 1342年、足利尊氏が元に貿易船を派遣したのは、何という寺院の造営費調達が目的か。
- 天竜寺造営を足利尊氏に勧めた人物は誰か。
- 1368年、元を退けて明を建国した人物は誰か。
- 3代将軍足利義満は明への朝貢を決め、1401年に使節を派遣した。正使として派遣された人物は誰か。
- 3代将軍足利義満は明への朝貢を決め、1401年に使節を派遣した。副使として派遣された博多の商人は誰か。
- 日明貿易は、国王が皇帝に貢物を献じて、皇帝から返礼の品を賜るという貿易形態をとった。このような貿易形態の名称は何か。
- 日明貿易は、倭寇・私貿易を抑えるために証票を使用した。このような貿易形態の名称は何か。
- 日明貿易で中国から輸入した物品の総称は何か。
- 明への朝貢形式を嫌い、貿易を中止した4代将軍は誰か。
- 日明貿易を再開した6代将軍は誰か。
- 15世紀後半に幕府が衰退すると、有力守護2氏が日明貿易の実権を握った。堺の商人と結んだ守護は何氏か。
- 15世紀後半に幕府が衰退すると、有力守護2氏が日明貿易の実権を握った。博多の商人と結んだ守護は何氏か。
- 1523年、2氏が日明貿易の主導権をめぐって衝突した事件の名称は何か。また、事件が起きた場所は次のA~Eのうちどれか。
- 16世紀半ばの大内氏滅亡後、活動を活発化させた倭寇は、14~15世紀の倭寇と区別して何と呼ばれるか。
- 1392年、高麗を倒して朝鮮を建国した人物は誰か。
- 日朝貿易で日本側の窓口役を務めた守護は何氏か。
- 宗氏が支配した国はどこか。
- 日朝貿易で朝鮮側は貿易港を3カ所に制限した。貿易港の総称を答えよ。
- 「三浦」に設置された日本人使節接待用の客館の名称は何か。
- 朝鮮からの主な輸入品で、日本人の衣類のあり方に大きな変化をもたらした原料は何か。
- 1419年、朝鮮が対馬を倭寇の本拠地と考えて襲撃した事件の名称は何か。
- 1510年、日本人が朝鮮による特権制限を不満として起こした暴動事件の名称は何か。また、暴動事件が起きた場所は、下図A~Eのうちどれか。
- 縄文文化以降も、南西諸島では食料採取に頼る生活が12世紀頃まで続いた。このような南西諸島の文化を何文化と呼ぶか。
- 12世紀頃から、琉球でも農耕生活が始まり、身分の格差が生じた。各地に現れた首長の名称とその拠点の名称は何か。
- 1429年、三山を統一した王は誰か。また、三山のうちでどの勢力の王か。
- 1429年、三山の統一後に建国された王国の名称は何か。
- 自国の商品よりも、主に他国Aからの輸入品を他国Bへの輸出品にする貿易形態の名称は何か。
- 縄文文化以降も、蝦夷ヶ島では食料採取に頼る生活が続いた。このような蝦夷ヶ島の文化を何文化と呼ぶか。
- 鎌倉時代末期からの、北海道以北を指す言葉は何か。
- 北海道以北に古くから住む民族の名称は何か。
- アイヌに対して、日本に住む人々は何と呼ばれたか。
- 14世紀、津軽に勢力をもっていたのは何氏か。
- アイヌとの交易拠点でもあった、安藤氏の本拠地の名称は何か。
- 15世紀、安藤氏や和人が蝦夷ヶ島南部に進出して、沿岸部に城館を築造した。それら城館の総称は何か。
- 和人の進出に不満を募らせたアイヌが、1457年に蜂起を起こした。蜂起の中心となったアイヌの族長は誰か。
- 1457年のアイヌの蜂起を鎮めたのは何氏か。
- 江戸時代に、蠣崎氏は何氏と称したか。
- 1416年、前関東管領で反乱を起こした人物は誰か。
- 上杉禅秀の乱が起きたとき、鎌倉公方を務めていた人物は誰か。
- 上杉禅秀の乱が起きたとき、室町幕府の将軍は誰か。
- 4代将軍足利義持の死後、6代将軍となった人物は誰か。
- 1428年、将軍の代替わりを理由に起こった一揆の名称は何か。
- 1438年、足利義教が鎌倉公方足利持氏を討伐した事件の名称は何か。
- 1438年の討伐事件は、足利持氏が関東管領の誰と衝突したことを機にしたものか。
- 1439年、足利持氏の遺児を擁して挙兵した人物は誰か。
- 1439年、足利持氏の遺児を擁した挙兵事件の名称は何か。
- 1441年、足利義教が暗殺された事件の名称は何か。
- 1441年、身の上を案じて将軍の暗殺に臨んだ守護は誰か。
- 室町幕府の8代将軍は誰か。
- 足利義政の弟で、当初次期将軍候補であった人物は誰か。
- 足利義政と妻日野富子の間に生まれた子は誰か。
- 1467年、守護の勢力・家督争いに、将軍家の継嗣問題が乗りかかる形で起きた大乱の名称は何か。
- 応仁の乱は、下図のように2大勢力が対立した。Aに適する人物で、西軍の将として足利義視を後援したのは誰か。
- 応仁の乱は、下図のように2大勢力が対立した。Bに適する人物で、東軍の将として足利義尚を後援したには誰か。
- 応仁の乱で盛んに活動した軽装の雑兵の名称は何か。
- 1485年、山城国の国人たちが、畠山氏の勢力を国外に退去させた一揆の名称は何か。
- 1488年、加賀国の浄土真宗の門徒が、守護を倒した一揆の名称は何か。また、倒された守護は誰か。
- 加賀国に浄土真宗(宗派:一向宗)を布教した人物は誰か。
- 鎌倉時代後期から、近畿地方やその周辺部で形成された、自立的な・自治的な村の名称は何か。
- 惣村の構成員の名称は何か。
- 惣百姓の会議の名称は何か。
- 惣村の指導者の名称は何か。
- 惣百姓が守るべき規約の名称は何か。
- 惣百姓が惣村の警察権を行使することの名称は何か。
- 惣村の共同利用地(山・森など)の名称は何か。
- 惣村の祭祀集団の名称は何か。
- 年貢の納入を惣村全体で請け負うことの名称は何か。
- 荘官の免職や年貢の減免を求め、惣百姓が徒党を組むこと、あるいは行動することを何というか。
- 一揆の具体的実力行使として、荘園領主のもとに大勢で押しかけることを何というか。
- 一揆の具体的実力行使として、耕作を放棄して全員で他領へ逃げ込むことを何というか。
- 一揆が大規模化したもので、惣村同士が荘園・郷の枠を超えて徒党を組むこと、あるいは行動することを何というか。
- 為政者が借金の帳消し、債務の破棄を公認することを何というか。
- 1428年に起きた土一揆の名称は何か。
- 1428年の土一揆は、当初運送業者が徳政を要求して蜂起したものである。それはどの国の運送業者か。
- 史料「一天下の土民蜂起す。(ア)と号し、(イ)、土倉、寺院等を破却せしめ、〔中略〕土民蜂起、是れ初めなり。」のア・イに適する語句はそれぞれ何か。
- 正長の徳政一揆は、誰の将軍就任時に起きた「代始めの徳政」か。
- 正長の土一揆(徳政一揆)以後に各地で発生した、実力で徳政を認めさせることの名称は何か。
- 1429年、守護赤松氏の家臣の国外追放を要求した土一揆の名称は何か。
- 1441年、嘉吉の変を機に京都で起きた土一揆の名称は何か。
- 嘉吉の土一揆(徳政一揆)は、誰の将軍就任時に起きた「代始めの徳政」か。
- 幕府は、手数料を納めさせることで徳政の実行を認めた。この手数料の名称は何か。
- 1年間に3種類の作物を順次栽培することの名称は何か。
- 稲の収穫時期の差を示す品種の区別を、3つ全て挙げよ。
- 鎌倉時代に中国から輸入され、室町時代に西日本で普及した多収穫米の名称は何か。
- 刈敷・草木灰に加え、室町時代に利用されはじめた人糞尿を肥料としたものの名称は何か。
- 浜辺で海水を汲んで運び、灌水して砂に塩分を付着させる手順を踏む製塩方法の名称は何か。
- 潮の干満を利用して砂に塩分を付着させる、運搬労力節約型の製塩方法の名称は何か。
- 月に6回開かれる市の名称は何か。
- 室町時代に一般化した常設の小売店の名称は何か。
- 木製の荷箱を背負う商人の名称は何か。
- 天秤棒に商品を下げた商人の名称は何か。
- 炭・薪を売る女性商人の名称は何か。
- 鵜飼いで得た鮎を売る女性商人の名称は何か。
- 手工業者や商人の組合の名称は何か。
- 朝廷に奉仕した座には、何という称号が与えられたか。
- 寺社に奉仕した座には、何という称号が与えられたか。
- 灯炉供御人の本所(特権を与えている大本)はどこか。
- 大山崎油神人の本所はどこか。
- 日本で流通した明銭のうち、最も多く使用されたものの名称は何か。
- 民間で鋳造した銭の名称は何か。
- 商取引に際し、悪銭を嫌い良銭を選ぶことの名称は何か。
- 貨幣流通の円滑化を図り、撰銭を禁止した法令の名称は何か。
- 質屋と高利貸を兼ねる業者の名称は何か。
- 酒造と高利貸を兼ねる業者の名称は何か。
- 鎌倉時代の問丸が発展し、卸売も兼ねるようになった。何と呼ばれるようになったか。
- 馬の背に荷物を載せて運搬した輸送業者の名称は何か。
- 牛・馬に荷車を引かせる運送業者の名称は何か。
- 主に南北朝時代にあたり、動乱の緊張感を背景に歴史書や軍記物語が盛んに作られた文化の名称は何か。
- 「四鏡(鏡物)」の1つで、公家の立場から源平の争乱以後を記述した歴史書の名称は何か。
- 伊勢神道を背景に、南朝の正当性を主張した歴史書の名称は何か。
- 『神皇正統記』を著した人物は誰か。
- 室町幕府の立場で内乱を記述した歴史書の名称は何か。
- 後醍醐の登場から南北朝の動乱を3部構成で記述した歴史書の名称は何か。
- 演劇形態をとる田楽・猿楽の名称は何か。
- 和歌の上句・下句をそれぞれ別の者が詠む形式のものは何と呼ばれるか。
- 連歌を和歌と対等の地位に高めた人物は誰か。
- 二条良基が編纂した、最初で準勅撰とされた連歌集の名称は何か。
- 二条良基が編纂した、連歌の規則書の名称は何か。
- 人目をひく珍奇で派手な服装・行動を好む風潮の名称は何か。
- 足利義満が山荘を建てた場所に由来する文化の名称は何か。この文化では公家文化と武家文化の融合が進み、禅宗など中国の影響も受けた。
- 足利義満が建てた山荘の一部で、下図の建物の名称は何か。
- 鹿苑寺金閣の初層・中層は、何という建築様式か。
- 足利尊氏の帰依を受けた臨済宗の僧は誰か。
- 臨済宗の寺院管理を目的に整えられた格付の名称は何か。
- 五山の別格上位とされた寺院の名称は何か。
- 京都五山のうち、序列第1位の寺院の名称は何か。
- 天竜寺造営を足利尊氏に勧めた人物は誰か。
- 鎌倉五山のうち、序列第1位の寺院の名称は何か。
- 五山十刹の人事などを司る管理職の名称は何か。
- 禅宗の思想を文学的な方法で表現した作品の総称は何か。
- 五山文学の双璧とされる2人の僧は誰か。
- 墨の濃淡と描線の強弱による墨一色の絵画の名称は何か。多くは禅の精神を具現化した作品であった。
- 下図の作品名、および作者は誰か。
- 興福寺を本所とする能の座の総称は何か。
- 3代将軍足利義満の庇護を得た父子は誰か。また、その父子が出た座の名称は何か。
- 世阿弥が著した能の理論書の名称は何か。
- 足利義政が山荘を建てた場所に由来する文化の名称は何か。<br>この文化は禅の精神に基づく簡素さなどを特徴とする。
- 東山文化の特徴である、禅の精神に基づく簡素さを何というか。
- 東山文化の特徴である、言葉で表せないほのかな余韻を何というか。
- 足利義政が建てた山荘の一部で、下図の建物の名称は何か。
- 慈照寺銀閣の下層にみられる建築様式の名称は何か。
- 慈照寺銀閣の他に書院造がみられる、下図の書斎の名称は何か。
- 水を用いずに砂・石で山水自然を表現する庭園の名称は何か。
- 枯山水の代表作である下図の庭園の名称は何か。
- 枯山水の代表作で、深い渓谷から流れ出た水がやがて川となって広がる様を表現した庭園がある。どの寺院の何という建物に属する庭園か。
- 川沿いに住んだ中世被差別民で、造園の分野で重要な役割を果たした者たちは何と呼ばれたか。
- 茶と禅の精神とが結びつけられた茶の湯の一形式で、簡素な座敷・道具で精神的深さを味わうもののの名称は何か。
- 佗茶を創始した人物は誰か。
- 佗茶をさらに簡素化して、後世の千利休に引き継いだ人物は誰か。
- 座敷を飾る生花「立花」が確立され、その名手として池坊花道を創始した人物は誰か。
- 水墨画の作画技術を大成した人物は誰か。
- 雪舟の作で、秋冬の2幅で対になっている水墨画の名称は何か。
- 雪舟の作で、四季の推移と共に変化する自然と、その中での人間の営みを描いた水墨画の名称は何か。
- 大和絵の分野で、土佐派の基礎を固めた人物は誰か。
- 水墨画に大和絵の手法を取り入れ、狩野派を創始した父子は誰か。
- 能の隆盛につれて制作された彫刻は何か。
- 金工の分野で技術を発達させた人物は誰か。
- 芸術的な正風連歌を確立した人物、およびこの人物が編纂した連歌集の名称は何か。
- 娯楽的・庶民的な俳諧連歌を確立した人物、およびこの人物が編纂した連歌集の名称は何か。
- 各地を遍歴して、武士・民衆に連歌を広めた人々は何と呼ばれるか。
- 9代将軍足利義尚に政道を説いた人物、および義尚の求めに応じてこの人物が著した政道書の名称は何か。
- 『古今和歌集』の故実・解釈などを秘伝として、特定の者だけに授けることは何と呼ばれるか。
- 古今伝授の創始者は誰か。
- 神本仏迹説(反本地垂迹説)に基づき、唯一神道を確立した人物は誰か。
- 将軍に近侍して芸能技術で奉仕した人々の名称は何か。
- 足利義政に仕えた同朋衆の1人で、東山山荘の枯山水を造園した人物は誰か。
- 能の幕間に演じられた芸能の名称は何か。
- 古くから宮廷儀礼で歌われた「大歌」に対し、民間で歌われた歌の名称は何か。
- 室町時代の小歌の他、民間の童謡など310余首を収録する歌謡集の名称は何か。
- 室町時代の庶民的な短編物語の総称は何か。例えば、『浦島太郎』『一寸法師』などが該当する。
- 15世紀半ばに刊行された国語辞書の名称は何か。
- 幕府の保護を受ける臨済宗の一派(五山派)に対し、世俗を嫌った臨済宗の一派および曹洞宗は何と呼ばれたか。
- 大徳寺の禅僧で、反骨精神にあふれ、禅宗の腐敗を嘆き、大衆化に努めた人物は誰か。
- 足利義教の時代に現れた日蓮宗の僧で、義教に改宗を迫る諫言をおこない、拷問を受けた人物は誰か。
- 日蓮宗の信者が結んだ一揆の名称は何か。
- 1536年、法華一揆が延暦寺と衝突し、一時京を追われた事件の名称は何か。
- 応仁の乱の頃に現れた本願寺の僧で、浄土真宗の教えを平易な文章で説き、また門徒の集会を惣村ごとにひらかせて布教をおこなった人物は誰か。
- 蓮如が布教のために書いた、平易な文章で浄土真宗の教えを伝える手紙文の名称は何か。
- 蓮如が布教のためにひらかせた、門徒の集会の名称は何か。
- 浄土真宗の門徒が結んだ一揆の名称は何か。
- 488年、守護富樫政親を倒した一向一揆の名称は何か。
- 肥後・薩摩などに招かれた講義を開き、また、薩摩で朱熹の『大学章句』を刊行した人物は誰か。
- 禅僧で地方の人々を交わり、優れた漢詩文を残した人物は誰か。
- フランシスコ・ザビエルが「板東の大学」と評し、関東の学問の拠点であった学校の名称は何か。
- 15世紀中頃、足利学校を再興した人物は誰か。
- 南北朝時代~室町時代初期に成立した、書簡形式(往来物)による総合的な教科書の名称は何か。
