日本史 一問一答:No.110 地租改正

一問一答
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9問

  • 明治政府は1871年に田畑に自由に作物をつくることを認めたが、江戸時代の作付制限令を何といったか。
  • 1872年に明治政府は地価を定めるため、土地の売買の禁を解いたが、これを何というか。
  • 明治政府の財源は、旧幕府時代と同様に貢租収入を基本としたためきわめて不安定であった。そのため、1873年に条例を公布して改革にのり出したが、この改革を何というか。
  • 1873年に公布された税制度に関する条例を何というか。
  • 地租改正条例公布の前年に、土地所有者に対し所有権を確認する権利証を発行したが、これを何というか。
  • 地租改正の実施にあたり、田畑面積・収穫高・平均米価などにもとづいて、貢租額を定める基準が算出されたが、これを何というか。
  • 1873年に出された地租改正条例では、地租は地価の何%とされたか。
  • 1873年の税制度の改革で、負担の軽減を期待した農民は、それが実現されないことを知り、1876年に各地で反対運動を展開した。これを何というか。
  • 地租改正反対一揆が不平士族の反乱と結びつくことをおそれた政府は、1877年に地租の軽減を実施したが、税率は何%になったか。