日本史 一問一答:No.120 諸法典と条約改正

一問一答
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14問

  • 大日本帝国憲法とともに、皇位継承・即位などを定めた皇室関係の法規も制定されたが、これを何というか。
  • フランス人法学者が草案を起草し、1890年に公布された法律が「民情風俗に適せず」の批判を受け、施行が無期延期となった。この法典を何というか。
  • 1890年に公布された民法を起草したフランス人法学者はだれか。
  • 1890年に公布された民法をめぐって反対・賛成の意見がたたかわされたが、これを何とよんでいるか。
  • 「民法出デヽ忠孝亡ブ」という論文で、ボアソナード民法の施行に反対した法学者はだれか。
  • 1896~98年に修正されたいわゆる明治民法の下で、絶対的な権限を与えられた家族の統率者を何というか。
  • 明治民法の下で、家族の統率者の権限は何とよばれたか。
  • 1889年に秘密のうちに、各国との条約改正に向けた個別交渉を進めたが、ロンドンタイムズに条約案が掲載され、その改正案を攻撃された外務大臣はだれか。
  • 1890年代から、政府は、シベリア鉄道着工などロシアの南下を警戒して条約改正に好意的になったイギリスと交渉を再開したが、来日中のロシア皇太子が傷つけられ、その事件の責任をとり外務大臣が辞職した。この外務大臣はだれか。
  • 1891年、来日中のロシア皇太子が傷つけられた事件を何というか。
  • 大津事件による日露関係の悪化をおそれた政府は、犯人を大逆罪で死刑にしようとしたが、大審院特別法廷は無期徒刑の判決を下して司法権の独立を守った。この時の大審院長はだれか。
  • 政府はイギリスとの間で、日清戦争勃発直前に、領事裁判権の撤廃と税権の一部回復を内容とする条約を締結したが、その条約を何というか。
  • 日英通商航海条約締結の時の外務大臣はだれか。
  • 関税自主権が回復された時の外務大臣はだれか。