日本史 一問一答:No.127 大陸への進出

一問一答
  • 各問の問題文をタップ(あるいはクリック)すれば、解答が表示されます。

13問

  • 1905年、日本とアメリカの間で非公式に結ばれた、日本の韓国指導権とアメリカのフィリピン統治とを相互に承認した秘密協定は何か。
  • 第1次日韓協約では、日本の推薦する外交・財政顧問を韓国政府に置き、第2次日韓協約では外交権を奪って漢城に日本政府の代表機関を置いたが、その代表機関は何か。
  • 韓国併合への流れの中で、漠城に統監府が置かれたが、その初代統監となったのは誰か。
  • 1907年、韓国皇帝が日本の進出・圏内での現状を、オランダで開かれた万国平和会議に訴えたが聞き入れられなかった事件は何か。
  • 1907年の密使事件により、第3次日韓協約で軍隊が解散させられたことで本格化した、反日武装抵抗を何というか。
  • 1909年、伊藤博文をハルビンで暗殺した韓国の青年は誰か。
  • 1910年韓国併合後、京城に設置された日本の植民地支配の拠点を何というか。
  • 韓国併合後、京城に朝鮮総督府が置かれたが、その初代総督となった陸相は誰か。
  • 朝鮮全土で実施した土地の測量・所有権の確認の政策は何か。
  • 1908年に朝鮮の土地開発を目的として設立され、植民地経営の中心的役割を担った会社を何というか。
  • 日露戦争後に日本が租借地とした遼東半島南部は何と呼ばれたか。
  • 遼東半島南部を統治するために、旅順に設置された機関は何か。
  • 旧東清鉄道と沿線の炭鉱などを経営するために1906年設置され、満州の経営に大きな役割を果たした会社は何か。