日本史 一問一答:No.155 日独伊三国同盟

一問一答
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11問

  • 1938年の張鼓峰事件に引き続き, 1939年に日本が壊滅的な打撃を受けて敗北した,満蒙国境をめぐる紛争を何というか。
  • 1939年8月、日独防共協定にもかかわらずドイツがソ連と結んだ条約は何か。
  • 独ソ不可侵条約で方向性を見失い,「欧州情勢は複雑怪奇」として総辞職をした首相は誰か。問題
  • 1940年, 近衛文麿が中心となりナチ流の全体主義的国民組織の結成を目指した運動を何というか。
  • 新体制運動に消極的で, 1940年に近衛文麿を擁立する陸軍により総辞職に追い込まれた首相は誰か。
  • 1939年,アメリカが日本の中国侵略に抗議して廃棄され,日本はくず鉄なと、の軍需物資の調達が困難となった条約を何というか。
  • 資源獲得などを目的に, ドイツに降伏したフランスやオランダの植民地(仏印・蘭印)への進出を企図した日本の政策を何というか。
  • 仏印・蘭印での資源獲得の政策と援?ルート遮断を目的に,1940年に第2次近衛内閣が仏印の北方に侵攻した軍事行動は何か。
  • 1940年,枢軸国3国間で結ばれた軍事同盟を何というか。
  • 枢軸国間の軍事同盟に対抗して, 航空用ガソリンとくず鉄・鉄鋼の対日輸出禁止の経済措置をとった国はどこか。
  • 第2次近衛文麿内閣で,首相自ら総裁となり, 政友会・民政党・社会大衆党などの政党を解散・統合した組織を何というか。