日本史 一問一答:No.18 国家の動揺と鎮護国家

一問一答
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17問

  • 718年、藤原不比等らにまとめられた律令の名称は何か。
  • 藤原不比等の没後(720年)、政治の中心に躍り出た人物は誰か。
  • 723年、開墾奨励を目的に施行された法令の名称は何か。
  • 藤原不比等の4人の息子(藤原四子)は、長屋王と政権をめぐって争った。藤原南家の祖となる人物は誰か。
  • 藤原不比等の4人の息子(藤原四子)は、長屋王と政権をめぐって争った。藤原北家の祖となる人物は誰か。
  • 藤原不比等の4人の息子(藤原四子)は、長屋王と政権をめぐって争った。藤原式家の祖となる人物は誰か。
  • 藤原不比等の4人の息子(藤原四子)は、長屋王と政権をめぐって争った。藤原京家の祖となる人物は誰か。
  • 729年、藤原四子が長屋王を自殺に追い込んだ事件の名称は何か。
  • 天然痘で藤原四子が相次いで病死した後、藤原氏を抑えて政権を握った人物は誰か。
  • 遣唐使に同行した留学生・学問僧で、橘諸兄および聖武天皇に重用された2人の人物は誰か。
  • 740年、橘諸兄の排除を目的とした乱の名称は何か。
  • 藤原広嗣の乱をうけて、聖武天皇が741年に出した詔の名称は何か。
  • 藤原広嗣の乱をうけて、橘諸兄は聖武天皇に遷都を勧めた。遷都先となった都の名称は何か。
  • 恭仁京に遷都が決まった後、聖武天皇の関心は別の場所に向き、天皇は各地を転々とした。742年に造営した離宮(皇居以外の地に定められた宮殿)の名称は何か。
  • 恭仁京に遷都が決まった後、聖武天皇の関心は別の場所に向き、天皇は各地を転々とした。紫香楽宮で聖武天皇が出した詔の名称は何か。
  • 743年、開墾奨励を目的に施行された法令の名称は何か。
  • 墾田永年私財法により、貴族・寺院は大規模な田地を開墾・所有した。この様な田地の名称は何か。