日本史 一問一答:No.29 藤原氏北家の台頭

一問一答
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24問

  • 北家出身で、平安時代初期に嵯峨天皇の信任を得て台頭し、天皇家と姻戚関係を結んだ人物はだれか。
  • 嵯峨天皇の信任を得て、藤原冬嗣は何という官職についたか。
  • 藤原氏発展の一方で、他氏が没落する政治的事件が次々に発生するが、842(承和9)年に皇太子恒貞親王が廃され、伴・橘氏が失脚した事件を何というか。
  • 承和の変で、謀反を企てたとして流罪になった人物で、三筆の一人はだれか。
  • 天皇が幼少の期間に、その政務を代行する官職を何というか。
  • 即位した幼少の天皇の外祖父として、皇族以外ではじめて摂政の官職に就任したのはだれか。
  • 藤原良房が摂政に就任した時の天皇はだれか。
  • 応天門が放火されたことからおこった事件を何というか。
  • 左大臣源信を失脚させようとして応天門の放火事件をひきおこし、流罪になったのはだれか。
  • 天皇の成人後に、その後見役として政務を執行する官職を何というか。
  • はじめて関白に就任した人物はだれか。
  • 藤原基経が884(元慶8)年に、実質的に関白の職に就任した時の天皇はだれか。
  • 藤原基経を関白に任命する正式な詔が発せられたのは887(仁和3)年のことだが、この時の天皇はだれか。
  • 888(仁和4)年、詔のなかで使われた語句をめぐり藤原氏が示威を行い、天皇は詔を取り消し、その起草者である橘広相を罰したが、この事件を何というか。
  • 宇多天皇に重用され、のちに藤原氏により大宰府へ左遷された人物はだれか。
  • 菅原道真が大宰府に左遷された時の藤原氏の代表者(氏の長者)はだれか。
  • 菅原道真が大宰府に左遷された時の天皇はだれか。
  • 10世紀前半に天暦の治という親政を行った天皇はだれか。
  • 10世紀後半におきたある事件以降、摂政・関白は常置となり、藤原氏北家の勢力は不動のものとなったが、ある事件とは何か。
  • 安和の変以降、摂政・関白が常置となったが、このような政治形態を何というか。
  • 安和の変の時、藤原氏により失脚させられた醍醐天皇の皇子で、左大臣であった人物はだれか。
  • 藤原北家の勢力が確立すると、摂政・関白はすべて藤原北家から出されるようになるが、この摂政・関白に任命される家柄を何というか。
  • 4人の娘を皇后や皇太子妃とし、3人の天皇の外祖父となって栄華の絶頂をきわめた人物はだれか。
  • 藤原道長の子で宇治殿とよばれ、後一条天皇以下3代の摂政・関白として、約50年間政権を握ったのはだれか。