日本史 一問一答:No.43 北条氏の台頭

一問一答
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20問

  • 源頼朝の死後、2代将軍となった人物は誰か。
  • 幕府創設以来の有力御家人が病没するなかで勢力をのばした、北条政子の父にあたる人物は誰か。
  • 1203年、北条時政は源頼家の後見の人物を討ち、次いで頼家を幽閉・暗殺した。この後見の人物は誰か。
  • 北条時政に擁立されて、3代将軍になった人物は誰か。
  • 北条時政は源実朝の擁立後に、ある機関の長官に就任した。この役職の名称は何か。
  • 北条時政の子は、父から政所長官の地位を継いだ。この人物は誰か。
  • 1213年、北条義時は和田義盛を討った。義盛の生前の役職と、討たれた戦いの名称は何か。
  • 北条義時は侍所別当と政所別当を兼務するようになった。代々北条氏で世襲されていった、侍所別当と政所別当を兼務する地位の名称は何か。
  • 安徳天皇の次に即位した天皇は、上皇となって院政を初め、次第に朝廷の政治を立て直していった。この上皇は誰か。
  • 後鳥羽上皇は院の軍事力を増強するために、新たな警護組織を設置した。この警護組織の名称は何か。
  • 1219年、3代将軍源実朝が頼家の遺児に暗殺された。この遺児は誰か。
  • 幕府は4代将軍に皇族を望んだが、後鳥羽上皇に拒絶された。そこで、頼朝の遠縁にあたる人物を将軍候補として鎌倉に招いた。招かれた人物は誰か。
  • 1226年、藤原頼経は将軍に就任した。源氏出身の将軍と区別して、藤原氏出身の将軍を何と呼んだか。
  • 1221年、後鳥羽上皇は北条義時追討の兵をあげた。これによって起きた乱の名称は何か。
  • 承久の乱において、幕府は北条義時の弟と子の軍を京に送った。この弟と子は誰か。
  • 承久の乱で上皇軍を破った幕府は、即位中の天皇を廃し、また3人の上皇を流刑に処した。3人の上皇のうち、後鳥羽上皇の流刑先はどこか。
  • 承久の乱後、幕府が京に設置して朝廷の監視・西国の統括をさせた機関の名称は何か。
  • 承久の乱後、上皇側についた貴族・武士の所領3000余カ所が没収され、御家人が地頭として配置された。収入の少ない土地に配置される場合、収入を補うために適法された法の名称は何か。
  • 新補率法が適用された地頭の名称は何か。
  • 新補率法が適用されない地頭、あるいは従来の地頭の名称は何か。