日本史 一問一答:No.54 南北朝の動乱

一問一答
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19問

  • 光明天皇の即位後、足利尊氏が幕府の政治方針を示すために発布した法令の名称は何か。
  • 建武式目発布で、事実上成立した幕府の名称は何か。
  • 1338年、足利尊氏が就任した官職は何か。
  • 初期の幕府は二頭政治であった。軍事指揮を担当する足利尊氏に対して、民事裁判を担当した人物は誰か。
  • 足利直義と対立した人物の名前および役職名は何か。
  • 1350年から始まった幕府の内部抗争の名称は何か。
  • 楠木正成・新田義貞の戦死後、南朝は誰を中心に抗争を続けたか。
  • 約60年続いた南北朝の対立は、将軍が誰の頃に収束に向かったか。
  • 1392年の南北朝の合体は、南朝の天皇が皇位を放棄する形で実現した。この天皇は誰か。
  • 南北朝の合体で、皇位が正統であると認められた天皇は誰か。
  • 南北朝の動乱で、守護は様々な権限を獲得していった。従来から守護がもつ基本的権限の総称は何か。
  • 田地をめぐる紛争時、所有権を主張して稲を一方的に刈り取る実力行為は何と呼ばれるか。
  • 南北朝の動乱で守護が新たに獲得した、幕府の判決を強制執行する権限の名称は何か。
  • 南北朝の動乱で、守護は国内の荘園・公領から年貢の半分を徴発する権限を獲得した。この権限を認めた法令の名称は何か。
  • 半済令の適用範囲は、当初争乱が激しかった3国に限定された。この3国はどこか。
  • 守護の力が増大したことをうけ、荘園・公領では、年貢徴収を守護に請け負わせるようになった。このことの名称は何か。
  • 国司の権限を奪って国全体の支配権を握る、職の世襲をおこなうなど、守護は鎌倉時代と比べてその性格を変えた。鎌倉時代の守護と区別するため、室町時代の守護は何と呼ばれるか。
  • 従来地頭が及ぼしていた土地への影響は、次第に守護に奪われ、地頭は鎌倉時代と比べてその性格を変えた。室町時代以降、地頭であった人々は何と呼ばれるようになったか。
  • 性格を変えた地頭、つまり国人は守護に家臣として仕えたり、時には国人同士で徒党を組み、守護に敵対したりした。<br>国人が徒党を組んで起こす抵抗運動の名称は何か。