日本史 一問一答:No.72 幕藩体制の成立

一問一答
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24問

  • 三河の小大名出身で、小田原の北条氏の滅亡後、豊臣秀吉が東国の支配をまかせた人物はだれか。
  • 徳川家康が覇権を確立した天下分け目の戦いは、何という戦いか。
  • 関ヶ原の戦いで西軍の中心になった豊臣政権の五奉行の一人で、内政面に練達した人物はだれか。
  • 豊臣秀吉の武将の一人で、関ヶ原の戦いでは東軍に属し、広島城主となったが、のちに居城を無断で修築したことを江戸幕府にとがめられ、領地を没収されたのはだれか。
  • 江戸幕府の大名に対する処分で、領地を没収しその家を断絶させることを何というか。
  • 征夷大将軍の職は、1605年に徳川家康の3男に譲られ、家康の子孫が継承することが世に示された。この3男とはだれか。
  • 征夷大将軍を辞した徳川家康は駿府に移ったが、前将軍として実権は握りつづけた。前将軍に対する尊称は何か。
  • 豊臣氏は、1614年・1615年の2度の戦いで滅びたが、この戦いを何というか。
  • 大坂の役で滅ぼされた豊臣秀吉の子はだれか。
  • 大坂の役の発端となった「国家安康、君臣豊楽」の銘がある鐘は、何という寺のものか。
  • 大坂の役の直後に、幕府は諸大名に対し、居城以外の城は破却するように命じたが、この法令を何というか。
  • 大坂の役の後、徳川家康は諸大名を伏見城に集め、将軍徳川秀忠の名で大名の守るべき基本法を公表した。これを何というか。
  • 武家諸法度を起草したのは、徳川家康に仕えた南禅寺の僧で「黒衣の宰相」とよばれた人物であるが、だれか。
  • 江戸時代には、将軍と主従関係を結んだ石高1万石以上の支配地を与えられた武家が270家前後あったが、これを何というか。
  • 江戸時代の大名のうち、徳川氏の一門を何とよんだか。
  • 関ヶ原の戦い以前から徳川氏に臣従していた大名を何というか。
  • 関ヶ原の戦いに前後して徳川家に臣従した大名を何というか。
  • 徳川氏一門のなかでも家康の子どもの家系には最高の格式が与えられ、将軍を出すことができる家柄と定められていたが、それを何というか。
  • 三家の家名(藩名)をあげよ。
  • 江戸幕府3代将軍で、幕府の支配体制を確立した人物はだれか。
  • 江戸幕府は諸大名や旗本に、石高に応じて人馬や武器類の保有を義務づけ、戦時にはこれらの兵馬をひきつれて参加させた。これを何というか。
  • 3代将軍徳川家光の時に発布された大名統制の基本法は何か。
  • 武家諸法度によって、大名統制のために明文化された制度を何というか。
  • 強力な領主権を持つ将軍(幕府)と大名(藩)が、土地と人民を統治する支配体制を何というか。