日本史 一問一答:No.76 四つの窓口

一問一答
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12問

  • 1641年に、オランダ商館が、平戸から長崎港内につくられた扇形の埋立地に移され、鎖国体制が完成した。この埋立地を何というか。
  • 鎖国の間、幕府がオランダ船入港のたびに提出させた海外事情の報告書を何というか。
  • 16世紀前半まで中継貿易で発展した琉球王国は、後期倭寇やポルトガル船の進出により急速に衰退した。1609年に、この琉球王国を武力で征服した藩はどこか。
  • 琉球王国は、国王の代がわりごとに就任を感謝する使節を江戸幕府に派遣したが、これを何というか。
  • 琉球王国は、江戸幕府の将軍の代がわりごとにそれを奉祝する使節を幕府に派遣したが、これを何というか。
  • 蝦夷ヶ島の和人居住地に勢力を持っていた蠣崎氏は、近世になって何と改称したか。
  • 蝦夷地の松前氏は、交易対象地での交易権を家臣に与えることで主従関係を維持したが、この制度を何というか。
  • 1669年に、アイヌの首長が松前藩と戦闘におよんだが、この戦いを何というか。
  • 18世紀前半までには、多くのアイヌとの交易対象地は和人商人の請負となったが、この制度を何というか。
  • 朝鮮との貿易は、1609年に、対馬の宗氏と朝鮮との間に通商条約が結ばれて始まった。この条約を何というか。
  • 豊臣秀吉の出兵で絶えた朝鮮との国交が回復し、江戸に派遣されるようになった修好使節を何というか。
  • 長崎郊外に設置した清国人の居住地を何というか。