日本史 一問一答:No.8 ヤマト政権の体制と仏教公伝

一問一答
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18問

  • 氏姓制度で、豪族は血縁や出身地をもとに組織化された。この組織の名称は何か。
  • 氏姓制度で、豪族が氏単位に賜与された称号の名称は何か。
  • ヤマト政権の中枢は、臣姓・連姓の氏族がそれぞれ1人輩出して担った。ヤマト政権の最高執政者の1人で、臣姓氏族の最高位者の名称は何か。
  • ヤマト政権の中枢は、臣姓・連姓の氏族がそれぞれ1人輩出して担った。ヤマト政権の最高執政者の1人で、連姓氏族の最高位者の名称は何か。
  • 大臣・大連の下で、品部や伴(品部を率いる役職)を率いる地位の名称は何か。
  • ヤマト政権の直轄領の名称は何か。
  • ヤマト政権の直轄民の名称は何か。
  • 豪族の私有地の名称は何か。
  • 豪族の私有民の名称は何か。
  • 氏族の家で奉仕する奴隷の名称は何か。
  • 6世紀、地方豪族が任じられた地方官の名称は何か。
  • 6世紀初めに、朝鮮半島への政策をめぐり失脚した人物は誰か。
  • 527年、新羅と結んで反乱を起こした筑紫国造は誰か。
  • 527年、反乱を起こした筑紫国造磐井は朝鮮半島のどこの国と通じていたか。
  • 磐井の墓とされる古墳の名称は何か。
  • 6世紀に台頭した氏族で、大伴金村の失脚後、物部氏と2大勢力になったのは何氏か。
  • 6世紀に仏教の公伝をおこなった百済の王は誰か。
  • 蘇我氏と物部氏は仏教の受容をめぐり対立した。崇仏論争において、受容に積極的な立場をとったのは誰か。