日本史 一問一答:No.81 幕藩体制の安定

一問一答
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14問

  • 江戸幕府が文治政治へ転換したのは、何という将軍の時か。
  • 徳川家光の異母弟であり、山崎闇斎に朱子学を学び、藩政の刷新をはかった会津藩主はだれか。
  • 17世紀半ばころに社会秩序が安定するなかで、社会に不満を持ち、秩序におさまらない人々もいたが、このような人々は一般的に何とよばれたか。
  • 江戸幕府の文治政治への転換の契機となった牢人の不満による事件をあげよ。
  • 4代将軍徳川家綱の時、牢人発生の原因となる大名の改易を減らすために緩和されたことは何か。
  • 4代将軍徳川家綱の時、戦国時代の遺風をなくすためにとられた政策は人質(証人)の廃止と何か。
  • 1657年、4代将軍徳川家綱の時におきた大火で、江戸城天守閣も焼失し、多額の復興経費が幕府財政窮迫の一因になったといわれる、死者10万人をだした大火を何というか。
  • 陽明学者熊沢蕃山を登用し、儒学にもとづく藩政改革を行った岡山藩主はだれか。
  • 池田光政が開いた郷学を何というか。
  • 中江藤樹の弟子で、岡山藩主池田光政に招かれ治績をあげた陽明学者はだれか。
  • 木下順庵、室鳩巣らの学者を招き、図書の収集につとめ、『東寺百合文書』の保存に尽力した加賀藩主はだれか。
  • 藤原惺窩の弟子松永尺五に師事し、加賀藩主前田綱紀に仕え、のち5代将軍徳川綱吉の侍講(儒学の師)となった朱子学者はだれか。
  • 江戸に彰考館を設けて『大日本史』の編纂を開始し、水戸学のもとをつくった水戸藩主はだれか。
  • 徳川光圀の時、江戸藩邸の彰考館で編集が開始され、水戸藩の一大事業としてつづけられ、1906年に完成した歴史書を何というか。